逢魔が時の日常

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逢魔が時の日常

気付けば、もう夕方だった。 駅前の図書館に居た私は、ああ、と意味の無いため息をついて、少し憂鬱になる。 急いで帰り支度をして飛び出したけど、空は八割方夜だった。 一人で帰ることは何てこと無いが、周りに人が居ないのは少々まずい。 治安の意味もあるが、私はある意味ーー “見つけた見つけた” “聞こえるんだろう、我らの声” “見えるんだろう、我らの姿” “こっちにおいで” 視界の隅から現れる、様々なモノ。 私は決して見向きもせず、立ち止まらず、足を動かす。怖いというより、鬱陶しい。否、やっぱりまだ怖い。でも、怖がればつけこまれる。いつものことだし、この体質では仕方ない。 私は、競歩の勢いで道を行く。おかげで不審者も寄り付かない点だけは、有り難かった。 “どうして応えてくれないの?” 一際甲高い声に、内心ドキリとする。他のモノに比べると、それはとても鮮明な声だった。 だから余計に、緊張が走る。 “こっちに来てよ” “そうさ、こっちにおいで” “何故来ない?”   変な汗が噴き出して来て、私は無言で走り出した。 私は行かない。行くもんか。 老若男女の真っ黒な影が、後から追いかけて来る。 私はがむしゃらに走っていた。何処に飛び込もう。誰か、心霊110番の施設作ってくれないかな、本当。 “何故、何故?だってお前は” “だって貴女はーー”   言葉は続かなかった。 きらきらしたものが降って来た、と感じた瞬間、影と声が瞬時に消える。 え、と思ったら、腕を掴まれて、何かにぶつかった。暖かい。人だ。  「大丈夫か、すみちゃん」 あんまり緊迫感の感じられない、いつもの声。知らず強張った身体から、力が抜ける。 「……(さかき)さん?」 恐る恐る顔を上げると、いつものちゃらんぽらんな笑顔の榊さんがいた。 片手に、アジシオの袋を抱えている。きらきらしたものは、塩だったのだ。 「また、凄いの来てたな」 「此処……」 習慣とは何と恐ろしいのか。 私は、無意識に佐和(さわ)商店の前へ来ていたのだ。 掴まれていた手が離れて、頭に被った塩を払ってくれる。 榊さんの背後では、店の明かりが煌々としていた。 いつもの、当たり前の景色なのに、酷く現実感が無い。 「ーー風邪でも無いのに、さっき凄い悪寒が走ってな。用心で塩持って出たら、すみちゃんが追われて来たわけ」 「そう……ですか。ありがとうございます」 まだ息の上がっている私を、榊さんが笑って見ている。 「休んで行け。震えてるぞ。ーーついでにちょっと手伝ってくれねぇか?後で店長も来るんだけどさ」 「……違う場所に逃げれば良かったです」 「そんなつれないこと言うなよー。おじさんが飲み物奢ってあげるから。出血大サービスで」 「一言多いんです、榊さんは」 小さく笑いながら、今日休みなんだけどな、と冷静に考えている自分がいた。  
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