足を掴む

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足を掴む

深夜。 大学帰りに一人で帰っていた。調べ物が長引いたのだ。妙に人気が無く、街灯の明かりも頼りなく感じる。変な感じがして、足早に進んでいると、不意に足へ衝撃を感じて前に転んだ。手をついたから大した怪我は無いけど、立ち上がろうとした足が動かない。パッと足を見ると、地面から生えたマネキンみたいな真っ白な手が、私の両足をしっかり掴んでいる。 「えっ、」 足を引いてもびくともしない。立てない。溜息をつく。車道の側とかでなくて本当に良かった。私は泣く泣く晃さんに連絡する。あまりこういうことで呼びたく無いのだけど。電話は直ぐ繋がり、来てくれることになった。本当に申し訳ない。足を動かすと、かなり強く掴まれるようになって痛いから、もう何もしないことにする。辺りはやはり、しんと静かだ。ゾワゾワとした感覚が迫り上がって来て、落ち着かない。夜の道とスマホを交互に眺めていた。何だろう、この状況。どれくらい、そうしてたか。 「菫!」 降って来た声に、直ぐ顔を上げる。 「晃さん。……すみません」 「謝るなよ。本当にすげーしっかり掴まれてる。他に何かされてないな?」 「はい」 屈んで私の頭を撫でてくれる晃さんは、苦笑いしている。そのまま、肩から提げたバッグから何か取り出す。紙に包まれたそれは、少し汚れた人形の足一本。 「それは?」 「話は後な」 晃さんは人形の足を持って、白い手へと近付ける。 「この()の足より、こっちの足にしとけよ」 晃さんの声に反応し、手はパッと私の足から離す。そして人形の足をしっかり掴むと、そのまま物凄い速さで地面へ消えて行った。地面には、何も無い。普通の道。呆気ない。いや、助かったから全然良いんだけど。 「ありがとうございます」 「立てるか?」 晃さんの手を借りて、立ち上がる。さっきまでの妙な雰囲気はすっかり無くなっていた。息を吐き出す。 「菫、ボロボロじゃん」 「え?あー……掴まれて転んだので」 「何かされてるじゃねぇか……」 晃さんは溜息をつく。そのまま横抱きに抱えられてしまった。 「歩けますよ!」 「だーめ。大人しく抱えられてろ」 何か言い返そうかと思ったけど、安心したのも手伝って何も言えなかった。 「……ありがとうございます」 晃さんは笑った。 「あの足な、俺の店にあった物なんだよ」 「SAKAIGIに?」 「そ。電話貰った時店にいてさ。あの足が一本だけ、置いてた覚えの無い棚から転がり落ちて来たんだ。で、何かあるなと思って持って来たわけ」 分からないことだらけだけど、助かったからまあ……良いか。良くないけど。 「やっぱり、帰り遅くなった時は迎え行くか。何か起きても早く気付けるし」 「う……それは、成人としていかがなものかと……」 晃さんは声を出して笑う。 「別に、夜七時とかに迎えに行くなんて話じゃないだろ。深夜だよ、深夜。今ももう十一時近いし。人間も怖いしな」 人間も怖いのはそうだ。 「じゃあ、お願いします。なるべくそんな時間にならないようにしますけど」 「学生の内はいろいろあるだろ。そこはあんま気にしなくて良いけどな。菫は自分で何とか出来る分、一人で動くから心配なんだよ。俺に連絡してくれる考えが出て来ただけ、マシになってきたけど」 照れなのか恥ずかしさなのか分からない感情で、俯く。今は、晃さんに見られたくない。 「報せなかったら、晃さん、怒るじゃないですか」 「当たり前だろ。あんま俺を軽んじられても困るな」 思わず、晃さんを見上げる。にやっと笑う顔はいつも通りなのに、頼もしい大人の男性、って感じがして改めて恥ずかしくなってきた。 「軽んじてなんか、いません」 「頼りにしてるから言うんだぜ?今日みたいにしてくれりゃ良いから。あと、謝るな。俺くらいは、振り回してくれ。相棒で、恋人なんだから。そうだろ?」 いたずらっ子みたいに笑う顔に、私はもう、何も言えなくなる。黙って頷くと、晃さんは満足げに笑った。
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