行く年の瀬に

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行く年の瀬に

二十四時間営業でないコンビニ佐和商店の話。 大晦日。 年末だけども勤務はシフト制なので、私・芽吹菫(めぶきすみれ)は佐和商店で働いている。変わらず、(さかき)さんも一緒だ。 「今年は雪降らなくて助かったぜー」 「去年は超常現象に関わらず、降ってましたもんね」 「やめろよ~これから降るフラグになっちまう」 外掃除から戻って来た榊さんが、私を見て笑う。大晦日の晩だからか、外の通りはいつもよりずっと静か。店内、主に倉庫からは、変わらず怪音が響いているが、今夜はそれだけ。私たちはいつも通り閉店準備を進める。と。 「あれ?」 店の外に、着物姿の男の子が立っている。こちらに背を向けて、通りの方を見ているような。こんな時間だし、親もいるだろうと思ったけど一応外に出てみた。車もないし、大人の姿も無い。男の子はまだじっと、通りを見ている。 「君、迷子かな?」 答えない男の子の傍らに屈んで聞いてから、思わず声が出た。 「ーーあ」 男の子は指できつねの窓を作って、それ越しに通りを見ていたのだ。何故か、背筋がぞわりとする。何か、ヤバいかも。立ち上がろうとしたら、男の子が不意に私の方を向いた。坊ちゃん刈り、と言うのか、綺麗に整った髪と顔立ちに、光の無い目。 「……お姉さんも、見てみてよ」 「え?」 「この窓からじゃないと、見えないから」 男の子の作った窓が、急に近付いて来た。その向こうは最初、いつもの道があるだけだった。でも次第に、そこを人じゃないモノ、百鬼夜行のようなものがぞろぞろと歩いて行く。これは、見ていてはいけないものだ。でも、頭の先から痺れたように、上手く話すことも動くことも出来なくなった。見ていることが、向こうに気付かれてしまったら。焦る私の耳に、ふふ、と男の子の微かな笑い声が響く。どうしよう。 「これ、こんな晩に止めなさい」 どこかで聞いたようなお爺さんの声と共に、窓は手で塞がれた。塞いだ手を目で追うと、お爺さんがいる。この人は、 「歳神様?」 お爺さんは私を見て、柔らかく笑む。 「ほう、覚えているか。ーーそこの坊。暇なら私の手伝いをなさい。人と遊んでいる時間なぞないよ」 歳神様にじろりと睨まれた男の子は、首を振って、掻き消えた。歳神様は、やれやれと言うように首を振って立ち上がる。私も、今度はちゃんと立ち上がれた。 「すみちゃん!」 店内から榊さんが出て来る。歳神様を見て、目を丸くした。歳神様は、そんな榊さんを見て笑った後、私を見る。 「去年は世話になったね。大晦日の晩は気をつけなさい。特にお前さんみたいな人間は」 「ありがとうございました」 「こんな調子なら、来年も立ち寄らせてもらおうかな?ーーではまた」 何も言えないでいる内に、歳神様は笑いながらふわりと消えた。 「すみちゃん。一人で動くなってあれほど〜……」 「すみません」 怒っている榊さんに、頭をめちゃくちゃに撫でられる。 「何も無いだろうな?」 「無いです何も」 「さっさと終わらせて帰るぞ。歳神様も来たことだし」 少し笑った榊さんが店内に戻るのを、私も直ぐ追う。背後の通りから、一瞬喧騒が聞こえた気がしたけど、気のせいということにした。
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