間違わない

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間違わない

夕方の佐和商店。 「ーー榊さん」 (ん?) 客のいない店内で、榊は一人、棚の整理をしている。不意に聞こえた声に、手を止めた。屈んだ姿勢から立ち上がり、ぐるりと店内を見渡す。誰もいない。ざあざあと、外の雨音だけが響いて来る。 「気のせいか」 声に出して呟き、榊は作業に戻る。 「榊さん」 今度は真後ろから。聞き慣れた声。素早く立ち上がり、榊は振り向いた。 「お、」 そこには菫が一人で、立っていた。榊は、表情を変えず、頭の先から爪先まで一滴も濡れていない菫を一瞥し、にやっと笑う。 「そんなんで、騙せると思ってんのか?」 笑っていた菫の表情が、一瞬歪む。同時に、その姿が揺らいだ。 「さかき、さん、」 「ーーうるさい」 凛とした声が響く。濡れた傘が、菫を背後から縦に裂く。ぎゃあ、と嗄れた悲鳴を上げ、菫だったものが霧散する。剣のように傘を構えていたのは、出勤して来たびしょ濡れの菫だった。榊は苦笑いを浮かべる。 「すみちゃん、いつそんなの覚えたの」 「別に覚えてませんよ。大丈夫ですか?今の、私の少し前を歩いてて。人かと思ってたら、私の姿になって店に入って行ったので、傘畳んで走って来たんですけど」 「自分の心配しろよ。得体の知れないヤツに、傘振り下ろすんじゃありません」 榊は柔らかく笑って、自分の制服の上着を菫に着せる。菫は目を丸くした。 「何が化けても、俺がすみちゃんを間違うわけないだろ」 「……そうですね」 にやっと笑う榊を見、菫はホッとしたように息を吐き出して、笑った。
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