13人が本棚に入れています
本棚に追加
1
中型の帆船がするすると海原を進んでいる。
塩臭い甲板の上で、カナンという少女が僕を見た。白い貫頭衣から伸びる手足が健康的な、黒髪の少女だ。
「ニムの遺跡へ行くためにはククル島の洞窟を通るしかありません。洞窟には海の魔物が大勢住んでいます。生きて洞窟を抜けるためには、船に寄ってくる海の魔物を楽しませ続けなければなりません」
「それは分かった。僕が、カナンが魔物を楽しませているところを見てはならないのは、なぜだ?」
カナンが賢しげに瞬きをした。綺麗なはちみつ色の瞳が、強い日差しに明るく輝いている。
「もし魔物に見つかれば、今度、学者様が彼らを楽しませなくてはなりません。できますか? 機嫌を損ねるとその場で命を取られかねませんよ?」
「できるかどうかはわからぬ。しかし、だからこそ興味が湧く」
カナンが小首を傾げた。
「学者様は、命が惜しくはないのですか?」
「勿論惜しい。しかし、それとこれとは話が別だ。気になるものは気になる」
「変な人」
カナンがおかしそうに笑った。明るい太陽の日差しが、カナンの笑顔をまばゆく照らし出している。
僕は植物学者だ。病の治療に役立つ薬草を求めてやってきた。薬草は、ニムの遺跡に生えているという。是非、成果を上げて本国へ帰還したい。
カナンが洞窟に目をやった。中型の帆船を飲み込んで有り余る巨大な洞窟の奥は、べらぼうに暗かった。
「馬鹿なこと言ってないで、早く船室へ隠れてください」
カナンが指さす船室の入り口で、他の船員が呆れ顔になっていた。甲板の上に残っているのは、もう僕一人だけだった。カナンに背を押されながら、僕は質問を続けた。
「もう一つ聞かせてくれ。カナン以外、全員船の中にいるなら、船はどうやって洞窟を抜けるのだ?」
「魔物が導いてくれます」
とん、と背を突かれた。船室へと体が入る。ごつい船員が僕の腕を取った。外を見せないようにしているのだろう。全然信用されていない。
カナンを除く全員が、船の中へと篭った。途端、ぐん、と船が前へ進む感覚があった。心なしか蝋燭の作る影が濃くなる。怖くもあったが、それ以上に、興味をそそられた。操る者のいない船が、軋む音を立てながら、どこかへ進んでいく。
──歌声が聞こえたのは、その時だった。
最初のコメントを投稿しよう!