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中型の帆船がするすると海原を進んでいる。 塩臭い甲板の上で、カナンという少女が僕を見た。白い貫頭衣から伸びる手足が健康的な、黒髪の少女だ。 「ニムの遺跡へ行くためにはククル島の洞窟を通るしかありません。洞窟には海の魔物が大勢住んでいます。生きて洞窟を抜けるためには、船に寄ってくる海の魔物を楽しませ続けなければなりません」 「それは分かった。僕が、カナンが魔物を楽しませているところを見てはならないのは、なぜだ?」 カナンが賢しげに瞬きをした。綺麗なはちみつ色の瞳が、強い日差しに明るく輝いている。 「もし魔物に見つかれば、今度、学者様が彼らを楽しませなくてはなりません。できますか? 機嫌を損ねるとその場で命を取られかねませんよ?」 「できるかどうかはわからぬ。しかし、だからこそ興味が湧く」 カナンが小首を傾げた。 「学者様は、命が惜しくはないのですか?」 「勿論惜しい。しかし、それとこれとは話が別だ。気になるものは気になる」 「変な人」 カナンがおかしそうに笑った。明るい太陽の日差しが、カナンの笑顔をまばゆく照らし出している。 僕は植物学者だ。病の治療に役立つ薬草を求めてやってきた。薬草は、ニムの遺跡に生えているという。是非、成果を上げて本国へ帰還したい。 カナンが洞窟に目をやった。中型の帆船を飲み込んで有り余る巨大な洞窟の奥は、べらぼうに暗かった。 「馬鹿なこと言ってないで、早く船室へ隠れてください」 カナンが指さす船室の入り口で、他の船員が呆れ顔になっていた。甲板の上に残っているのは、もう僕一人だけだった。カナンに背を押されながら、僕は質問を続けた。 「もう一つ聞かせてくれ。カナン以外、全員船の中にいるなら、船はどうやって洞窟を抜けるのだ?」 「魔物が導いてくれます」 とん、と背を突かれた。船室へと体が入る。ごつい船員が僕の腕を取った。外を見せないようにしているのだろう。全然信用されていない。 カナンを除く全員が、船の中へと篭った。途端、ぐん、と船が前へ進む感覚があった。心なしか蝋燭の作る影が濃くなる。怖くもあったが、それ以上に、興味をそそられた。操る者のいない船が、軋む音を立てながら、どこかへ進んでいく。 ──歌声が聞こえたのは、その時だった。
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