マンホール炎上

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 礼を言って青樹は電話を切った。すぐに捜査本部に連絡を入れる。苅田に本当は誰があの豪農の館の絵を描いたか問いただして確認してほしい。またすぐに秋田守の身柄を重要参考人として確保するよう伝えた。  間に合うだろうか、と今更ながらに青樹は悔いた。マンホールの絵と犯行場所の符牒が一致した時には、半ば解決したと思っていた。違ったのだ。その時にすでに「奴ら」の掌の上に載せられたのだ。  豪農の館はすでに県警によって封鎖されており、本部捜査員による不審物の捜索が始まっている。苅田泰次をはじめとする苅田家の一族は、今夜は近隣の親戚家に避難をしていた。泰次の妻美枝子は非常に怯えており、先ほど救急で運ばれて精神安定剤を与えられたという情報も入っていた。  また、秋田守は自宅にいなかった。家人は誰も出かけたことを知らなかった。連絡もつながらないため、捜査員は秋田の居場所の捜索も開始した。  犯人は放火のためにこの豪農の館に来ることはないだろうと思われた。警察がすでに警備についていることは想定しているはずだ。おそらく発火装置なり何かを、事前に施設内に密かに設置していると考えるのが自然だろう。日中は入場料を支払えば誰でも入ることができる。数日前にすでにセットすることも可能だ。  事の重大さに早く気が付くべきであった。北山ナオヤが自宅の教会に放火をするという暴挙に出るまでは、世間を相手にした愉快犯だと考えていた。それが甘かった。犯行は長い期間をかけた計画だった。苅田のいじめに対する壮大な復讐なのだった。  豪農の館は深夜明かりが煌々と点けられ、20名の体制で捜索がなされていた。一般公開される順路とその周辺から重点を置いて隅々まで調べられた。  午前0時45分。一通り捜索をした結果、それらしき装置などの不審物は発見できなかったと第一報が捜査本部に入った。引き続き範囲を広げて捜索するようにという指示が出され、中庭と一般公開スペースの広い庭園まで捜索が広げられた。  午前1時10分。豪農の館と敷地が隣接する苅田家母屋で、突然破裂音のようなものと車の警笛が夜の闇を引き裂くように響いた。捜査員は一斉に苅田邸に走った。やられたと戦慄が走る。  破裂音は警備の手薄な母屋の裏口側から聞こえていた。全員が走った。1台の軽ワゴンが裏の勝手口の門柱を引きずりながら、バックで玄関に突っ込んでいた。ワゴンは庭の縁石に乗り上げて斜めになり、そのまま玄関に後部を突っ込んで止まったようだった。  直前に運転席から飛び降りたらしい男が、玄関先に転がっている。後部座席が倒された荷台部分には大量のポリタンクがならび、脇に積みあがったタオルケットには火がつけられている。捜査員が一斉に飛び退いた。待機している消防車両を早く回せと怒鳴った。  転がり出た男は秋田守だった。車から飛び降りて逃走するつもりが、おそらく頭部を強打して悶絶していた。すぐに駆け寄った捜査員が拘束した。救急搬送の手配がされた。ワゴン車内の火は、事前に2か所に待機していた消防車両が早急な消火を行い大事には至らなかった。  その連絡を捜査部屋で青樹は受けた。冷や汗が流れていた。幼稚園の爆竹騒ぎから2時間足らずでの凶行だ。即座に警備に動いていなかったら間に合わなかっただろう。また軽ワゴンに積まれていたのは全てガソリンが満タンになったポリタンク12本。200リットルあまりの大量のガソリンであった。消火態勢を取っていなかったらあわや大惨事になるところであった。  肩の力が抜けた。間に合ったとようやく安堵した。
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