マンホール炎上

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 事件後しばらくして、コイトはN市に帰った。  コイトの周辺で起こった一連の事件で家族も友人たちも落ち着かず、母はとにかくコイト自身に危害がなかったことに安堵した。  ナオヤの実家や友人たちと会う前に、コイトはN県警の青樹刑事と会った。時間をいただくお願いをしていた。県警の建物の、1階のパーテーションで区切られた面会室で青樹と会った。青樹は律儀に協力への礼を言うとともに、早い解決ができずに申し訳なかったと詫びた。  ナオヤは苅田邸の事件が終わってから全てを自供したらしい。秋田守は検査で入院をしたが大事には至らなかったようだ。こちらも追って取り調べが始まる。 「ふたりの犯行動機は、いじめに対しての復讐心だったようです。ふたりとも当時は相当にひどいいじめを受けていたということです。協力をして復讐の計画を考えたんでしょう。チューリップロード5周年のセレモニーと自分たちの成人式がちょうど今年に重なっていた。注目を浴びるそのタイミングに合わせていたようです」 「そうですか。……なんかすみません」  となぜかコイトは謝っていた。向かいで青樹は黙った。  コイトは当時から、ナオヤや秋田守への苅田たちによる陰湿ないじめに気が付いていた。それに対して何もできなかった自分の存在。この放火事件の根本的な発端について、自分も自分の周りの多くの者も片棒を担いでいた。そうした重い自責の念が詫びるような言葉に出たのだと思う。  最後に青樹刑事は手帳を開いてコイトを見た。 「報告しておくことがありまして」  コイトを見て努めて事務的に青樹は言った。 「まず3組の苅田龍壱の絵ですが、これは彼が白状しました。あれはナオヤ君の描いた絵です。将来チューリップロードの絵に残すために、彼は自宅の豪農の館の絵をナオヤ君に描かせて、それを自分が描いたことにして提出したようです」 「そうですか」  コイトは驚かなかった。その推測はしていた。苅田ならやりかねないと思った。 「あと、ナオヤ君はもう1枚絵を描いています。お城の幼稚園の絵です」 「え?」 「ナオヤ君が自供しました。2組の秋田君は最初学校には日和山灯台の絵を提出しています。清書の時に苅田が秋田君に差し替えさせたそうです。ナオヤ君はそのいきさつは分からず、ただ2枚描かされたと言っていましたので、きっと犯行の表を書くときに記憶違いして間違ったのでしょう」  そう説明をして青樹刑事は手帳を閉じた。何も言わなかったが、ナオヤの無念そうな顔を教えてくれるように「ひどい仕打ちです」と言ってくれた。  コイトは礼を言って、県警の建物を出た。  コイトは自分が描いた「三角屋根の家」を思い返した。中学3年になったあの日。  学校に提出するための描き上げた絵を見せろ、と苅田に言われた。脅すような口調に嫌悪感を持ちながらも、コイトは何も言えずに黙って見せた。 「なんだよ、これどこだよ」 「あの、一応古河町の街並みだけど」 「古河町? しょうもねえ絵だな。何この三角の家は。ていうか家か、これ」  コイトがあいまいに頷くと、「あれ」と苅田が高い声を上げた。 「なにこれ、苅田屋の屋根パクってんじゃん。だろ?」  苅田の横で、取り巻きの杉浦が「マジまるパクリじゃん。うけるわ。古河町だから本当に苅田屋なんじゃねえの」  苅田屋とは地元で数店舗展開している苅田グループのベーカリーショップのことだ。くそが、と内心コイトは思っていた。苅田屋なんか描くわけねえだろ、何を勘違いしてんだ。 「まあそうかな……」  心の内とは反してコイトは愛想笑いを返す。 「ま、いいや。これで行こう。絵もまあまあ上手いからザッキーにそう言っとくわ」  苅田はコイトの両肩を強くもんで、機嫌よく去っていった。コイトはふざけるなと、内心で罵った。  その鬱憤を晴らしたのは市からの清書の用紙をもらった時だ。十字架がたくさん並んでいる。反抗心からの悪ふざけのつもりだった。苅田屋のわけがない、これはナオヤの教会だ。  道端の石を蹴り上げた。コイトは、ナオヤと秋田に顔を合わせる勇気がない自分をさみしく思った。 (了)
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