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12月の半ばに、携帯に懐かしい名前からメールが入った。
従兄弟の北山ナオヤからだった。
『明日遊びに行って良いか』とだけ簡潔に書かれたメールに首を傾げる。彼とはもう何年も会っていないし、どうやらフリーターをしているらしいとしか分からない。コイトは携帯を見つめ、ひとまずOKと返信した。
コイトは2年前に大学進学で東京に出てきた。同じ時期にナオヤも東京に出ていたが、今までなんとなく連絡は取り合っていない。一体どうしたのか、と思った。
翌日約束をした最寄り駅で待ち合わせた。ナオヤはくたびれたベージュのトレンチコートに手を突っ込んで、昔と同じぎらつかせた目をしてやって来た。見た感じは変わっていない。
ナオヤは久しぶりだな、と言った。小さい頃の懐かしい思い出などを互いに話したりして、ふたりはコイトの部屋に向かった。
コイトとナオヤは同い年の従兄弟である。しかし性格はかなり違う。コイトは物腰が柔らかく、そのせいで男女関わらず友人が多数いる。とは言え自分自身ではそんな八方美人の性格は好きではない。
ナオヤは地元では有名なカトリック教会のひとり息子である。落ち着いて慈愛に満ちたような父親とは性格が違う。取っつきにくく我が強い。神経質で自分の中に閉じこもってしまう性格だ。彼は絵画や文学に精通していて、そういう個性の強さに昔からコイトは憧憬していた。しかし多くの友人たちが彼に対してそうであったように、コイトもやがて少し距離を置くようになった。
ナオヤとは家が近く、小中学校も同じところに通った。しかし親戚同士ながら、いやだからこその”近さ”が邪魔をしたのか、一緒に仲良く遊んでいた小学校時代を卒業して中学に入ってからは次第に遊ぶことがなくなった。
コイトが育んだ広い友人関係のその向こう側で、ナオヤはひっそり孤立していてそれはコイトの目の端に絶えず映っていた。そしてナオヤは中学3年になってすぐにいじめが原因で不登校になった。コイトにはどうすることもできなかった。従兄弟として助けてあげられなかった負い目があった。それ以来関係はさらに疎遠になっていた。
久しぶりに見たナオヤは昔とあまり変わっていない。コイトに対する話し方も昔のままだ。それが少し気を楽にさせた。
「近くに来たので顔を出した」と飄々とナオヤは言った。
「ナオちゃんは今東京なんでしょ」
「まあな。アパート暮らしで、毎日ぶらぶらしてるさ。ところでコイトは正月は田舎に帰るのか?」
ナオヤは、コイトが出してきたホットコーヒーを一口飲んで言った。
「一応帰る予定。ナオちゃんは帰らないの?」
ナオヤは笑いながら大きく顔の前で手を振る。
「帰るわけないよ。俺は正月は仕事もないんでとりあえずパチンコかな」
そう言ってから、ナオヤは「そういえばさ」と前かがみになる。
「来年5月に、市内のチューリップロードで5周年の式典をやるらしいな」
「うん、そうらしいね」
「なんだ、案内来てないのかよ。コイトお前出品者だっただろ」
「なんか母ちゃんから案内みたいなのが送られてきたけど、面倒でよく見ないで捨ててしまった」
「なんだよそれ」
チューリップロードは地元のN市に5年前に開通した広大な石畳の道だ。
駅の南地区にある「市民憩いの森公園」の中央を突っ切る形で鳴り物入りで新設された。市のトレードマークともいえるアーチ橋の坂内大橋に続いている。その公園にコイト達の通っていた中学校が隣接している。開通前に市の担当者から打診が来た。
チューリップロードには、大きなマンホールが9つある。
市の担当者のアイディアで、マンホールのふたのデザインを、隣接する中学校の生徒に描いてもらおうという企画になった。ちょうど中学校は各学年3クラスあった。各クラス1名選出してデザインを描いてもらう。それは素晴らしいと双方が合意した。
せっかくの企画であるから、デザインのテーマはメインストリートにふさわしく「市内の名所」を描こうということになった。ナオヤが「お前出品者だろ」と言ったように、3年1組からはコイトの絵が選ばれた。開通時のセレモニーには、確か呼ばれて出席した記憶がある。
「あれ、お前何描いてたっけ」
ナオヤはテーブルの菓子袋からひとつつまんで口に放り込むと、天井を仰いで思い出そうとしていた。
「別に。普通の街並みの絵だよ確か。まあ5年も前なんであんまり覚えてないけどね」
「普通さ、あんなセレモニーで表彰された絵は忘れねえだろって」
「そうだよね。というか俺別にあの絵はどうでもいいかな。思い入れがないし。ザッキーが選んだからな」
ザッキーは3年の時の担任の山崎だ。ふん、とナオヤは笑った。「お前も、俺に似て絵がうまかったからな」
「ところでナオちゃんは成人式も帰らないの?」
「帰るわけねえじゃん。会いたいヤツは誰もいないし」
「…まあね」
ナオヤは不登校になって以来、地元には親しい友人がいないのだ。なんとなく気まずい空気になる。
まあ、正月は楽しくやってくれ。おばさんたちにもよろしく。そう言って、ナオヤは少し寂しそうに帰っていった。
そう言えば、ナオヤは何をしに来たんだっけ。とコイトはふと思った。
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