マンホール炎上

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 コイトは大晦日に地元に帰省した。今年は成人式を控えており、正月から式の日までのんびり帰省している予定である。  市内の放火事件はTVのニュースで知った。  元日から父親と酒を飲み、TVばかり見ていたその矢先に連続放火事件のニュースが飛び込んできたのだ。放火のニュースは連日入ってきた。3日目のニュースでは、伝えるスタジオ内の空気にどこか異様な雰囲気があった。何か大きな事件が起こっているのではという緊迫感があった。  怖いわね、と母親が言った。正月早々、馬鹿な奴がいると父親は酔って言った。  1月4日以降もどこかで放火があるかもしれない。警察は市民に注意を呼び掛けていた。ところが連続放火は3日間で終わった。おそらく正月に浮かれた馬鹿者の面白半分の仕業だと、コイトの周りでは皆そう噂した。  成人式は市民ホールで粛々と行われた。地元の県会議員の苅田泰次があいさつをした。地元では有名な地主であり建設業企業のオーナーでもある。  毎年話題になるような悪目立ちして騒ぐ連中はいなかったが、同じ中学であった苅田龍壱が派手なスーツ姿で似たような連中とはしゃいで幅を利かせていた。苅田泰次の孫だ。コイトと友人グループは極力彼らと目を合わさないように場所を変えた。  街中は混み合うので、コイト達は地元の小さな居酒屋でささやかな同級会を開いた。自然昔の話になる。ナオヤの話題になった。あいつ今何してるんだ、と従兄弟のコイトは聞かれたが、分からないと言っておいた。  ナオヤはさ、3組で苅田のグループにいじめられてたんだよな。と酔った高橋が言った。 「3組は最低だ。あそこにいたら、みんなやられる。ナオヤはかわいそうだった」 「分かる。2組にもやられてた奴がいたしな」と受けたのはその隣の伊東だ。  苅田の話題でしばらく場が沈んだ。  苅田は県会議員である祖父の泰次や、同族企業の社長である父親の威を借るような振る舞いで、中学では同じような悪さをする連中のリーダー格だった。身体が大きく粗暴な性格だった。実家は広大な敷地をもつ重要文化財の「豪農の館」で、一部が一般開放されている。有名な名士の家柄である。しかしその一人息子は人格に品がなく、多くの生徒たちに陰で嫌われ、そして恐れられた。ナオヤは苅田にいじめられて不登校になったと誰もが口を揃えて言った。 「やっぱ成人式来なかったな」 「当たり前だって。苅田のせいで成人式に来なかったやつ、めちゃくちゃいるぜ」  でもさ、とそれまで黙っていた小林が口を開く。 「多分俺、元日に街中でナオヤっぽいやつ見たぜ」 「そんなわけないだろう。帰らないって言ってたからな」  コイトは反論した。ナオヤが帰省しているはずはない。 「うーん、すごい似てたけどな。それに……」  と言い淀んで少しコイトを見る。「なんか隠してそうだったし」 「マジかよ。おいおい、まさかじゃねえの」 「何が」 「あいつがさ、例の放火魔だったりして」 「バカなこと言うな」  とコイトはビールをあおった。
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