マンホール炎上

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 東京に帰る前日に、秋田守から電話があった。  秋田は中学2年の時に親しくしていた友人で、同じ美術部の仲間だった。大人しく目立たない生徒だったから、そういえば彼も成人式に来ていなかったなと、電話を受けてから思った。  高校に上がってからは一度も会っていないかもしれない。とはいえ昔の友人というのは不思議なものだ。声を聞いた途端に当時に戻る。懐かしいな、とコイトは声をかけた。  秋田は電話の向こうで、ひさしぶりだな、と返してから、 「コイトは5月の例のセレモニーは出るのか?」  と聞いてきた。 「チューリップロード5周年祭ってやつだろ。いや、分かんない。面倒なんで出ないかも」 「じゃあ、メッセージを郵送するわけだ」 「どういうこと?」  コイトは話が見えずに聞き返す。なんだよ、文書読んでないのか、と電話の向こうで秋田が呆れ声で言う。同じような口調でナオヤに言われた時を思い出して、コイトは俺ダメだなと頭を掻いた。  秋田の話では、主催者からの要望が文書に書かれている。当日セレモニー出席者には壇上に上がってもらい、「自分の描いた市内名所」の絵の説明とその思いを簡単にスピーチしてほしいとのことである。もし当日参加できない場合は、あらかじめそうした内容のメッセージを送っていただけないか、という記載もある。  コイトは当然そうした内容を全く見ずに捨ててしまっていた。 「そうか、そういえば秋田君も2組で選ばれてたもんな」 「まあな、それで俺のところにも案内が来た」  コイトは思い出した。秋田は3年2組の代表だった。画力はコイトよりも高く、確かデザインをかなり評価されていたと思う。 「しょうがねえな。もしコイトがメッセージを送るのなら、どんな感じで書くのか見せてもらおうかと思ったんだけど」 「すまん。全く知らなかった。まだどうするか決めてないんで、もしメッセージを書くようなら秋田君にも教えるよ」 「了解、期待しないで待ってるわ」  と秋田は笑った。 「ついては、その封書まるまる捨ててしまったんだ、俺。コピーさせてくれないか」  ちょうど良いと思った。案内の封書を捨てて、母親に嫌味を言われていた。この機会に秋田守からコピーをもらえばよい。 「それなら、コイトにやるよ。俺は参加しないから」 「そうなのか? 秋田君の絵は一番評価されてたと思ったけど」 「どうでもいい。別に大した絵じゃないからさ」そう言ってから、「お城の幼稚園だし」とつぶやく。 「お城の幼稚園? そうだったっけ」 「コイトは何も覚えてないのな。自分の絵だってまともに覚えてないんじゃないか」 「まあね。ごめん、そんなにいい出来じゃなかった」 「そうか。でも3組よりはマシだ」  そう言って秋田は言い淀む。 「うん」コイトも同調した。3組で選ばれたのはあの苅田の絵だった。彼は実家である「豪農の館」の絵を描いていた。見事な絵だったということと、あの苅田に絵心があるのが意外だった。3組はてっきりナオヤだと思っていた。ナオヤは抜群に絵が上手かった。今思えば、あの時はナオヤは不登校で学校に来ていなかった。コンクールに参加していなかったのだ。 「とにかく明日、東京に帰る前にウチに寄ってくれれば案内の封書をやるよ」  と言って秋田は電話を切った。  秋田守もその他多くの生徒と同じように、苅田グループに嫌な思いをされた一人だ。苅田が出席するセレモニーには出る気はないのだろう。俺もやめようかな、とコイトはああと背中を伸ばして思った。
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