マンホール炎上

5/11
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 正月休みが終わり、また東京の大学生活にもどった。  しばらくナオヤからは音沙汰が無かった。  そのナオヤから再度連絡が入ったのは2月6日だった。今度は直接電話が来た。  ナオヤは興奮していた。コイトの部屋に上がり込むなりバッグから紙片を取り出し、テーブルの上に広げた。 「コイトは火事のニュースは知ってるか」  ナオヤは急いて聞く。コイトは頷いた。母から連絡があって、ニュースを見たので知っていた。2月1日から3日連続で、またN市内でボヤ騒ぎがあった。今度は大きなニュースになった。TVの全国ニュースでも話題になっている。 「犯人の意図が分かった」  ナオヤは紙片を広げて、見てくれと言う。そこには手書きで日付と場所が描かれていた。 1月1日 安孫子神社 1月2日 坂内大橋 1月3日 県庁 2月1日 海浜公園 2月2日 チューリップ園 2月3日 市民会館 3月1日 ? 3月2日 日和山灯台 3月3日 豪農の館  コイトは驚いて紙片を取り上げた。何だこれは、とナオヤを見る。興奮した目に、ほんの少しだけ得意げな色を添えてナオヤは頷いた。 「犯人の計画だ。多分これで間違いない。これは、マンホールの絵と一緒だ」 「あ」とコイトは声を上げる。背中にぞっとした震えが走った。理解したのだ。 「1月の3日間の事件では俺も気が付かなかった。こないだの2月の3か所を見てすぐに分かった。あのチューリップロードのマンホールの絵と一致する。1年1組が安孫子神社、1年2組が坂内大橋…」 「ちょっと、これ間違いないの?」 「間違いない。念のため調べた。2年3組の市民会館まで、全部一致している」 「じゃあ、これはどういうこと?」 「犯人の意図は俺は分からない。ただ出火は明らかに人為的なもので、犯人はなぜかあのマンホールの絵になぞらえて犯行を行っている」  ナオヤはにやりと笑った。「これは楽しいゲームになる」 「ゲームって」 「いいか、今回の放火の犯人はおそらく俺らの中学にいた奴だ。何かのメッセージなのさ。俺はね、これに気づいてから決めたんだよ。この犯人をとっ捕まえてやろうってさ。お前らの意図は暴いてやった。警察が気が付く前に成敗してやろうとね」 「バカな……」  コイトは一瞬、成人式の仲間たちの声を思い出した。犯人はあいつじゃねえの。 「だから問題は次だ。間違いなく次の犯行は3月1日になる。しかし場所が不明だ。コイト、お前の描いた絵の場所が分からない」  コイトは黙った。ナオヤの言おうとしていることを理解した。ナオヤはバッグからもう1枚紙片を取り出してテーブルに投げた。画像をプリントアウトしたものだ。 「これがコイトの描いた絵だ。HPに載っていた。三角屋根の家と民家が描かれている。これだけ、場所が不明だ」 「うん」と頷いて、コイトは改めて自分の描いた絵を眺めた。  東京のアパートに戻ってから、思い出したのだった。地元で有名な名所を描くようにというテーマをもらった。コイトは三角屋根の家の絵を描いた。担任の山崎には「古河町のまちなみ」をモチーフに描いたと言った。ただの家々の屋根が並び、真ん中に三角屋根の家がある。どこというものでは無かった。ただ街並みを絵にしただけだと。しかし本当は違う。ふざけたのだ。絵に別の意味を持たせていた。 「実はちょっと違うんだ」  ナオヤを見る。どう反応するかと思った。ひょっとしてナオヤが犯人なのか、と疑う自分がいた。否定したい気持ちが強い。ナオヤは関心を示す。  コイトは正直に答えた。 「あれはナオヤの家だ。古河教会の建物だ」  ナオヤは絶句した。「まさか」と言った。 「嘘だろ、どこにもそんな絵が無いじゃないか」  コイトは説明した。マンホールの縁取りがある。絵が選ばれた生徒には改めて市から清書用の用紙を与えられた。その用紙には円形のフレームがあり、ご丁寧にマンホールの縁取りに使う模様が描かれていた。それが「+++++++」という模様の並びで、コイトはそれを十字架に見立てた。三角屋根は教会の象徴として描いた。コイトとしては、絵に裏の意味を持たせるための冗談半分のつもりだった。 「おかしいだろ、それ」  トーンを下げてナオヤがつぶやいた。 「絵自体に十字架もないし、それに俺の家は三角屋根が3つ並んで山型になっている。ひとつじゃ分からないだろう」 「うん、ごめん。でもそれが事実なんだ」 「……じゃあ、次は俺の実家がやられるというわけか」 「そうなるのかも……」 「それは誰かに言ったか」 「いや、それは覚えていない。もう5年も前だし、どこかで誰かに言ったかもしれない」  ナオヤは苦しそうに上を向いてしばらく黙っていた。以前聞いた話では、彼は両親と仲違いをしていた。高校を出てから一度も実家には帰っていないという。 「分かった。ありがとう」  そう言ってナオヤは立ち上がった。どうするの、と出ていくナオヤに聞いた。ナオヤは振り返って笑った。 「俺は決めたら最後までやる。実家に帰って、犯人の野郎を捕まえる。むしろ俺の家がターゲットでラッキーだった」 「分かった。なんか迷惑かけるね」 「お前のせいじゃないだろ。でもまあ俺が解決する」  分かった、おじさんおばさんによろしくね、とコイトは見送った。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!