マンホール炎上

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 深夜遅い時間は承知の上で、青樹はコイトの携帯に電話を入れた。  間もなく日付が変わる。すでに眠っているのかコールになかなか出ない。焦りがあった。かなり鳴らしてからようやくコイトは電話に出た。  つい先ほど「お城の幼稚園」で爆竹騒ぎがあったと告げると、コイトは絶句した。 「それはまだ放火事件が続いているということですか」 「分かりません。その可能性があるので電話をした次第です」  青樹の緊迫した声にコイトは黙った。 「あらためて聞きますが、苅田にナオヤ君と同じくらい強く恨みをもっていた者はいませんか」  コイトは動転していたが、絞り出すように答えた。 「恨みを持っていた生徒は多分かなりの人数います。誰がというのは特に……」  青樹は粘った。その中で、特に「絵」に関することで特に目立った者はいなかったか。  青樹にはようやく事件の全容が見えていた。しかし確実に後手を踏んでいる。ナオヤを逮捕したことで終わったと判断した捜査を今更になって悔やんだ。ナオヤ以外が犯人の可能性はないと考えていたのだ。アリバイ調査もそれを示している。しかし違った。ナオヤは愉快犯なのではない。最後の豪農の館が本当のターゲットだ。彼の本当の目的は、いじめを繰り返してきた苅田龍壱への復讐である。  そしてナオヤには共犯がいる。いや、むしろこちらが本犯人だ。ナオヤは協力したにすぎない。おそらく今日の「お城の幼稚園」までは、形だけの放火を行っていた。しかしどこかでマンホールと犯行との関係がばれる。2人は最初からそれを見込んでいた。ばれるのは2月1日から3月2日までのどこかと見込んで、その間の犯行は全てナオヤがやる。もし最悪どこかでナオヤが捕まったとしても、警察はそこで連続放火は終わったと思う。それは遅くなればなるほど良かった。本犯人が引き継ぐのだ。  いや、待てよ。と青樹は思考を止める。  違うな。ひょっとすると初めから、ナオヤは3月2日の「お城の幼稚園」で捕まる計画だったのかもしれない。直前でナオヤが捕まり、事件が終わったと思わせる。苅田家を含め世間が安心をしたその直後に、本当の狙いの「豪農の館」を本犯人が襲う。  ただ2人にとって誤算だったのは、1組のコイトが描いた絵がなかなか分からなかったことと、それがナオヤの実家であったことだ。そして計画より1日早く、ナオヤは前もって警護していた警察に逮捕されてしまった。  ナオヤは自宅を放火した罪は認めるが、その他の件は黙秘を続けた。自分があたかも単独犯の連続放火魔であるかのように。全て終わるまでの間、世間を騙せれば良いと。  本犯人の本当のターゲットは苅田の豪農の館だ。それまでの放火は全てお遊びで良い。彼らのメッセージなのだ。  苅田龍壱への復讐。  世間が自分たちの犯行意図を分かるのは最初から計算の内だった。世間が騒げば騒ぐほど、苅田にはじわじわと恐怖を与えることができる。最後はお前がターゲットであると。  おそらく豪農の館は、これまでと打って変って徹底的に被害を受けるはずだ。だから早く動かなくてはいけない。  電話の向こうでコイトは黙って考えていた。青樹は辛抱強く待った。 「実は、ちょっと引っ掛かっていることがあるんですが」  しばらくして遠慮がちに話した。 「3組の苅田が描いた豪農の館の絵なんですが、僕は最初てっきりナオヤが描いたものと思っていたんです。あの苅田が絵が上手いかどうかは知らないですけど」 「それは何か理由があってですか」 「いえ、別に何がというわけではないんですが。ナオヤは自分と一緒で小さい頃から絵が好きでとても上手でした。だから最初3組の絵を見た時は、僕ナオヤの絵だなと思ったんです」 「なるほど」と呟き、青樹は頭を整理した。 「でも、考えてみたら、あの絵のコンクールの時はもうナオヤは不登校で学校には来ていなかったので、彼の絵のはずがない……」  そこまで言ってコイトの話が途切れた。「あれ、そう言えば」と何かに気が付いたように独り言を言う。 「どうしましたか」 「いえ、今ふと思い出したんです。ナオヤが前に見せてきた犯行計画についての表なんですが、確か3年2組のところはお城の幼稚園ではなかったと思います。あれ、おかしいな……」 「コイト君、ちょっと待って。どういうことかな。マンホールの絵は確かにお城の幼稚園のはずです。ナオヤ君が間違えていたということかな?」 「本当ですか、おかしいな。いや、思い出しました。間違いないです、確かに2組のところは日和山の灯台になっていたはずです。間違いないです。確かあれはすごい絵が上手な秋田君が描いていて、最初はすごい灯台の絵だと思った記憶があります。思い出しました」  そこまで聞いて青樹は携帯を耳に挟んだまま手帳を閉じた。何かが頭の中ですとんと落ちた。急がなくてはならない。
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