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屋根から雪が落ちた音で春鹿は目を覚ました。
真っ白で統一したベッドリネンは東京から帰った時に新調したもので、ベッドサイドに置いたお気に入りの小物をとっても、目覚めの瞬間は都会的だ。
しかし、天井や壁が目に入った瞬間、現実に引き戻される。
「……んん、ハル?」
腕の中から抜け出そうと動いたことで、晴嵐も起きたらしかった。
身じろぎするとマットレスもない木枠のベッドは折れそうな音を立てる。
狭いシングルベッドなので少し体勢を変えようとするだけでも大きく動かなければならない。
「おはよ。まだ雪降ってるかな」
「さあな……」
昨夜のような吹雪ならともかく、家の中にいると降っているのか降っていないのかわからないのが雪だ。雨とは違う。逆に静かすぎるときに降っていることが多い。
ベッドから出るをやめてまた晴嵐の腕の中に戻ると、抱きすくめられながら、
「おめ、もうすぐ誕生日だべ」
とあくびまじりに言った。
「いきなりなに」
「山さ、登るか」
「山? って白銀山? なんで、わざわざ?」
「いや、なんどなぐ。吾郎さが白鹿さ見だのはおめの生まれだ日だったごと、いまふと思い出しだ」
春鹿は冬山登山などしたことはないが、家の裏から登れる白銀山は険しい山ではない。
幼い頃、雪がない季節には庭のように入っていた遊び場でもある。
「そうだね、登ってみようかな」
*
晴嵐は家に帰って、装備を色々と揃えて戻って来た。
スキーの時とはまた違う、荷物も多い。
春鹿の装いは千世のものを借りてきてくれたらしい。
春鹿の足元に跪き、その登山靴にかんじきの紐を結びつけながら、
「今朝は新雪だはんで歩ぎにぐぇがも」
「うん」
雪は止んでいたが、空は晴れてはいない。
全部が雪で覆われた道も何もない斜面に晴嵐の身体が道を作っていく。雪の深さは多いところだと膝辺りまでになる。
脚運びのたびに、まっさらな雪は乱れ、トレッキングポールではじいた雪の塊が斜面をころころと転がって作って途中で止まる。
ひたすらに晴嵐の背中だけみて歩いて行く。
すぐに息があがってきた。
「大丈夫か」
晴嵐は振り返って何度も聞いたが、普段から運動不足の春鹿が大丈夫なわけがない。
ただ、雪のせいで冷えた湿気はなにより新鮮で、呼吸を楽にしてくれた。
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