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レッスンを終え、カフェで休憩しながら私はスマホを眺めていた。
急に恋はできない。二十四年間一度も動かなかった心が、急激に変化するわけがない。でも、今すぐにできることが一つだけある。
処女を、捨てよう。
それは肉体の変化であり、肉体が変化すれば心が変化する可能性は十分にあった。
出会い系で探すのはリスクが大きい。相手が暴力を振るってくるかもしれないし、病気を持っているかもしれない。一番安全なのは知人だが、今後の関係に影響するかもしれないのに知人を頼る気にはなれなかった。
私はフェミニストだが、だからこそまともな男性も存在することを知っている。男性の友人は普通にいる。そして彼らのことは友人として大切に思っている。自分の都合で利用するようなことはしたくない。
私は女性用風俗を検索した。どこまで信用できたものかは定かでないが、こういったところは性病の検査を済ませている。多くの女性を相手にし、ある程度の技術があると思われる。処女の相手もできるだろう。
本番行為は禁止、と記載があるが、これは男性用風俗でも同じこと。疑似的に経験できれば良し、本番をOKしてくれそうなら頼むも良し。口コミを見れば、女性用風俗の本番OKはそこそこあるようだった。勿論無理強いするつもりはないが、相手の様子を見て打診してみるくらいはできるだろう。
私はスマホを操作して、今晩の予約を入れた。
利用料金が三万円。ホテル代と交通費で一万円。男性向け風俗に比べると高いな、と私は顔を顰めた。一度きりだと思えば、必要経費か。
現れた男性は、至って普通だった。急な予約のため指名をしなかったせいか、人気者として打ち出された者たちには劣る容姿で、歳のいった中肉中背の男だった。高いお金を払ったのに、とは思うものの、特にイケメンに拘りはない。相手に好意も嫌悪もない。私はそのまま男を連れてホテルへ向かった。
歩きながら男と会話したが、大して面白い話もしない。会話スキルは不要なのだろうか。ホストとは違うな、とぼんやり思った。逆に私の方が、まるで接待をするかのように気をつかって会話してしまった。こういう時、給料も発生していないのに、キャバクラの仕事をしている気分になる。キャバクラでは仕事だから仕方ないが、どうしてか女性の方が会話で楽しませるべき、もてなすべきと考える男性は多い。何故客の私の方が空気の悪さを気にしなければならないのか。早くも私は帰りたい気分になっていた。
ホテルの部屋に入ると、NG事項や希望などの打ち合わせを済ませ、シャワーを浴びて歯を磨き、私はベッドに転がった。男の手が私に触れる。仕事だからか、一応丁寧に肌をなぞって、急なことはしない。それでも、なんとなく不快感があって、私は目を閉じて意識を切り離した。
自分の体と心を、切り離す。肉体を捨てて、私の意識はどこかへ飛んでいく。そうすると、自分の体の感覚が鈍くなって、痛みや不快感が和らぐ。神経を遮断できるレベルではないので完全にはなくならないが、かなりマシになる。
これは意図的に習得したのではなく、昔から自然にできた。痛みや苦しみから逃れるための防衛反応なのかもしれない。だから私はよく痛みに強いと言われていた。皆当たり前にできると思っていた。そうではないと、大人になってから知った。
誰かに体を触られる時はいつもそう。自分で望んでお金を払ってまでしていることなのに、この感覚になるということは、私にとってこれは不快で苦痛な行為なのだ。
そのことに気づいて、私は過去の恋人たちに少しだけ申し訳なく思った。彼らに触れられた時も、同じような感覚だった。つまり私は、表面上は受け入れながらも、本心では彼らを拒絶していたのかもしれない。彼らは仕事ではないのだから、そんな女の相手はしたくないだろう。
逆に言えば、今回お金を払ったことは正解だった。こちらが報酬を払っていると思えば、私のような女の相手をさせる罪悪感は多少薄れた。
女性に快楽を与えることでお金を得ているはずのプロに体を触れられても、私の体は全く反応せず、濡れることもなかった。潤滑剤で無理やり指をねじ込んでみるものの、異物感と違和感を覚えるばかりだった。胎の中を探られるというのは、内臓を搔きまわされるということだ。医者でもないのに他人の中身に無遠慮に触れられるなんて、考えようによっては凄い行為だ。ぐちぐちと抉られて吐き気すらしてきた私は、全然色っぽい気分にはなれなくて、牛の直腸検査を思い出していた。
「不感症なのかなぁ」
疲れたように言われて、私は申し訳ない気分になった。と同時に、少しだけ相手を責める気持ちもあった。心がついていかなくても、うまくすれば肉体は反応するものだと思っていた。技術が不足しているのではないか。
それとも、やはり女性は心と体の繋がりが強い、ということなのだろうか。そう思えば、余計に肉体が快楽を得られないのに心が感じられるものなのだろうか、と不安が増した。私の目的は、行為のその先にある心の変化だ。
「君、処女なんだっけ。本番してみる?」
相手からの提案に、私は驚いた。多分、感じない相手に奉仕し続けるのが面倒になったのだろう。面倒くさいと本番する、と風俗嬢から聞いたことがある。
時間はまだかなり残っている。終盤で気持ちがのったならともかく、この段階で言い出すということはおそらく他にない。本番をしてしまえば店のNG行為に当たるので、私は共犯になる。そうなれば、私は店にクレームを入れられない。低評価もできない。相手を満足させられず、技術不足と報告されたら困るのだろう。そこも狙っていると思われる。
「……そうですね、お願いします」
別にいいか、と私は冷めた感情で答えた。二度と利用することはないだろうし、元々クレームなど入れる気もない。本番をしてくれたら、とは私が狙っていたことでもある。断る理由はない。
芝居のためなら何でも投げ出す覚悟があった。この体でさえも。
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