囚われの王女と名もなき騎士 

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「だ……だめっ、騎士さん。だめよ! 早く! 早く首を……早く……」  一番欲しかった言葉をもらっても、騎士を思うガブリエラはだめだと悲鳴のような声を上げた。  そんなガブリエラを騎士は胸の中に抱きしめた。 「もっと早く、こうするべきだった。たとえ八つ裂きにされても、もう離れない」 「きし……さん」 「今になってやっと……すまない」 「……いいの。私の願いを叶えてくれてありがとう」 「おぼろげな記憶だが、昔、母か父が俺を呼んでいた名前がある」  ガブリエラの耳元で騎士は囁くようにその名を告げた。  微笑んだガブリエラは、同じように騎士の耳元に口を寄せた。 「………、私も愛しています」  ガブリエラが何と呼んだのか、それは民衆の怒号にかき消されて、他の誰にも聞こえなかった。 「王女とあの者を引き離せ! 執行人! 王女の首を! あの者は牢に、死の拷問にかけるんだ!」  見学席で酒を飲みながら事態を眺めていた皇帝が、グラスを投げて声を張り上げた。  控えていた別の執行人がニヤリと笑って、長剣を振り回しながら歩き出した。  もはや誰でもいいと、誰かの死を望む群衆の声は大きくなり、王の声すら聞こえなくなっていた。  そこに、誰よりも早く、二人が抱き合う断頭台に姿を表した男がいた。  男は騎士が落とした剣を手に取った。 「約束を果たしにきたぞ」  断頭台に悲しくて重い音が響いた。  民衆の歓声が響き渡って、鳥達がいっせいに空に飛び立った。  空を見上げた男は目を細めた。  二人の魂が鳥になって仲良く空に飛んでいった。  そんな風に見えた気がした。  ※ 「馬ってこんなに足が早いのね。こんなに遠くまで来たら、戻れなくなってしまうわ」 「戻るって、どこに?」  馬の背に乗ったガブリエラは、後ろに座り手綱を握っている騎士を見上げた。 「そうか、もう戻る必要はないのね。私達、自由になったんだったわ」 「今さら、やっぱり嫌でしたはやめてくれよ」 「あら、それは私の台詞よ。ずっと好きだったのに、全然気がついてくれなくて。どれだけ待たされたか……」 「はははっ、悪かった。これからはずっと、飽きたと言われてもずっと側にいるから」  風が吹いて草の擦れる音がした。  自然の匂いと音に、ガブリエラはうっとりとして耳を傾けた。
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