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囚われの王女と名もなき騎士
「貴方の名前は?」
椅子に座ったまま首だけ傾けて、少女がそう声をかけると、床に片膝をついている男は首を振った。
「私に名はありません。お好きなようにお呼びください」
曖昧な答えに少女の顔には困惑の色が浮かんだが、少女が育ってきた環境も特殊であるため、目を伏せた少女はそういうものかと納得した。
「わかりました。では、騎士さんと呼びましょう。私のことも好きなように呼んでください」
「いいえ、そのようなことは許されておりません。短い間になるかと思いますが、ガブリエラ様、どうぞよろしくお願いします」
ガブリエラと呼ばれた少女は、返事をすることなく、感情のない目で男を見た後、目線を窓の方へ向けた。
少女の後ろ姿を、男は無言で見つめていた。その漆黒の目にもまた感情と呼べるものはなく、ただ少女の形がそのまま映っていた。
「……もう、いいかしら? 少し疲れてしまったから、横になりたいの」
「これは、失礼しました。では、私はこれで。何かありましたらお呼びください」
背中に視線を感じたが、男が立ち上がり部屋を出て行った音が聞こえて、ガブリエラは小さく息を吐いた。
「どこへ行っても同じ……。籠の鳥のような生活。四角い窓からではなく、この目で広い空を見ることができるのはいつになるのかしら……」
そんな日は来ないかもしれない。
そう思いながら、ガブリエラは先ほど挨拶に来た騎士の顔を思い出していた。
この国に来て、まともに目を合わせて会話をした初めての人かもしれない。
自国でも城勤めの騎士達を目にすることはあった。
あの騎士は、わずかな記憶の中の人達よりも立派な体躯で、黒々とした髪に、黒い瞳は研ぎ澄まされた剣のように光っていて、冷たくて鋭い目が印象的だった。
短い間と聞いたが、なぜかあの騎士との関係は長く続くような気がして、ガブリエラは彼が出て行ったドアを眺めた。
不思議な縁を感じたように思えて、一人になっても、しばらく騎士のことを考えてしまった。
それは騎士も同じだった
部屋を去った後も、王女とは思えぬほどげっそりと痩せ細った手足に、暗闇に沈んでいるような目をしていたガブリエラのことが頭に残っていた。
まるで罪人のような扱い。
幼い少女が置かれた環境はあまりにも過酷に思えだが、騎士は自分のことではないのだからと思い直した。
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