囚われの王女と名もなき騎士 

25/26
前へ
/26ページ
次へ
「だ……だめっ、騎士さん。だめよ! 早く! 早く首を……早く……」  一番欲しかった言葉をもらっても、騎士を思うガブリエラはだめだと悲鳴のような声を上げた。  そんなガブリエラを騎士は胸の中に抱きしめた。 「もっと早く、こうするべきだった。たとえ八つ裂きにされても、もう離れない」 「きし……さん」 「今になってやっと……すまない」 「……いいの。私の願いを叶えてくれてありがとう」 「おぼろげな記憶だが、昔、母か父が俺を呼んでいた名前がある」  ガブリエラの耳元で騎士は囁くようにその名を告げた。  微笑んだガブリエラは、同じように騎士の耳元に口を寄せた。 「………、私も愛しています」  ガブリエラが何と呼んだのか、それは民衆の怒号にかき消されて、他の誰にも聞こえなかった。 「王女とあの者を引き離せ! 執行人! 王女の首を! あの者は牢に、死の拷問にかけるんだ!」  見学席で酒を飲みながら事態を眺めていた皇帝が、グラスを投げて声を張り上げた。  控えていた別の執行人がニヤリと笑って、長剣を振り回しながら歩き出した。  もはや誰でもいいと、誰かの死を望む群衆の声は大きくなり、王の声すら聞こえなくなっていた。  そこに、誰よりも早く、二人が抱き合う断頭台に姿を表した男がいた。  男は騎士が落とした剣を手に取った。 「約束を果たしにきたぞ」  断頭台に悲しくて重い音が響いた。  民衆の歓声が響き渡って、鳥達がいっせいに空に飛び立った。  空を見上げた男は目を細めた。  二人の魂が鳥になって仲良く空に飛んでいった。  そんな風に見えた気がした。  ※ 「馬ってこんなに足が早いのね。こんなに遠くまで来たら、戻れなくなってしまうわ」 「戻るって、どこに?」  馬の背に乗ったガブリエラは、後ろに座り手綱を握っている騎士を見上げた。 「そうか、もう戻る必要はないのね。私達、自由になったんだったわ」 「今さら、やっぱり嫌でしたはやめてくれよ」 「あら、それは私の台詞よ。ずっと好きだったのに、全然気がついてくれなくて。どれだけ待たされたか……」 「はははっ、悪かった。これからはずっと、飽きたと言われてもずっと側にいるから」  風が吹いて草の擦れる音がした。  自然の匂いと音に、ガブリエラはうっとりとして耳を傾けた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加