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「そんな風に笑うなんて……、もっと早く見たかった」
「見ればいい、これからいくらでも笑ったり泣いたり怒ったり……ガブリエラに全てを捧げるから」
「それは嬉しいわ。頼めば、いつでもこうやって一緒に走ってくれる?」
「ああ、どこへでも。行きたいところへ行こう。世界の果てまででも、どこへだって行ける」
「……幸せだわ。なんて幸せな夢なのかしら」
「夢じゃない。俺達は永遠に一緒だ」
振り返ったガブリエラの唇に、騎士の唇が落ちてきて、ぴったりと重なった。
柔らかな唇の感触に、温かさと幸せをこれでもかと感じて、ガブリエラは涙を流した。
生まれて初めて流した。
幸せな涙だった。
※
「ねぇ、パパ。ここに書いてあるマノンって、本当にこの人の名前なの?」
まだ幼い少年が、覚えたての字を見て、興味津々といった様子で父親に話しかけた。
少年の明るい声に、手を組んで祈っていたその父親が顔を上げた。
「そうだよ。本当の名前が分からなかったんだ。だから、だからマノンと書かれている」
「ふーん、可哀想な人……」
「でも、一人ぼっちではないんだ。そのお墓にはその人の恋人も埋葬されているんだよ」
「そうなの!? でもその人の名前は? その人も名無しなの?」
「……いや、事情があって記されていないが、でも二人が一緒ならそれでいいと、二人ならそうきっと……」
「あっパパ、ママが呼んでる。もう帰る時間なんじゃない?」
嬉しそうに歩き出した息子に手を引かれて、父親も歩き出した。
草原の中にひっそりと置かれた墓石には、かつて友人だった男と、その男が愛した人が眠っている。
背負うと決めたが、二人を最期に導いた自分の手が、今でも時々震えてしまうことがある。
そんな時、二人の眠る場所に来て祈ると、苦しみから全て解放された気持ちになる。
名前を呼ばれた気がして、振り返った男の目には、草原を楽しそうに馬で駆けていく二人の姿が映った。
また会いにくるよと呟いて、息子の頭を撫でた後、遠くで手を振っている妻に向かって手を振り返した。
□終□
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