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 ドトールを出てタクシー。  俺が知らないだけで世間の高校生はこんなに気軽にタクシーに乗るものなのだろうか。  慣れた感じで乗り込む希の後ろで俺は緊張を気づかれないよう祈る。  親なしでタクシーに乗るなんて初めてだ。 緊張しすぎて、希が運転手さんに告げたはずの行き先も俺は聞き逃してしまう。  一体どこへ行くんだろう。  どういうわけか、ドトールを出て以降、スマホをいじるばかりで希は俺に全然話しかけてこない。  俺は手持無沙汰に車窓を眺めるフリをした。  フリじゃなくてちゃんと見ればいいのに、緊張のせいか風景は目の上をすべるばかりで脳に残っていかない。  本当にどこへ連れて行かれるんだろう。  運賃は割り勘だろうか。  どこ行くかも知らないのに割り勘も腑に落ちないけど。めっちゃ高かったらどうしよう。でも渋ったらケチって思われる?  そんなことを思っているうちにタクシーがなめらかに停車する。どうやら目的地に着いたらしい。 「着いたよ」  希はさっさと料金を支払って先に降りた。  うながされて俺も降りる。  考え事をしてたからよくわかんないけど、そんなにドトールから離れていない気がする。  降りた場所は全然知らない人の家の前だった。 「じゃ、こっからは走ろうね」 「は?」  言うなり、希が走り出した。  けっこう早い。  俺も慌てて後を追う。 「え?どこ行くの!?」 「もう少し先だから、ごめんね!」 「走るんならタクシー降りなきゃよくない!?」 「そういうわけにもいかんのよ」  息せき切って言いあう俺たちの前に、古びた建物が見えてくる。  希の左手が俺の腕をつかむ。  そうしながら反対の手を前に突き出した。  その瞬間、急に空気が生暖かくなった気がする。  ほんのわずかな違和感。  建物の門を抜け、敷地内へと入った。  希が止まり、俺も止まる。  息が苦しい。  膝に手をつき肩で息をするほんの隙間に、空が翳った。 「快、見て」  希が肩を叩いた。  指さした先を見て、俺は息をのむ。  化け物だ。前に見た、太陽の塔みたいなのと形は違うけど大きさは同じくらいある。  二階建ての建物の後ろでもぞもぞとうごめき、腕なのか髪なのか、しなる無数の触手を振り回している。 「さっき調べたらね、太陽の塔って70メートルあんだって。あいつは大体10メートルってとこ。でも、あれでしょ?快が見た夢。70メートルは見間違いだな」  希が横で何か言ってるが、俺は化け物から目を離せない。  化け物が触手を動かすたび、ブンブン風が起こる音がする。  でも風がここまで届くことはない。  ホコリでも舞っているのか妙に白い背景の中、生々しく動く化け物と音だけうなる風。 まるで映画を観ているみたいだ。 「ここは幕の中。幕っていうのはあの化け物が出現すると俺の仲間が張るバリアみたいなもんで、この幕を張る前に人払いをするんだ。その方が被害が少なくて済むし、あんまりあの化け物のこと、大っぴらにもしたくないみたいでね。俺は仲間と一緒にあの化け物と戦ってる。で、あの日も戦ってた。お前の言うとこの親鳥みたいに」  希が話し続けている。  化け物はこちらに気がつかない。  距離があるからってこともあるだろうけど、あの時同様、鳥みたいな人影にたかられて、たぶんそれどころじゃないから。 「あの時、入れないはずの快はなんでか幕の中にいた。つまり、今日、俺とお前は初めましてじゃない。俺、すごいビックリしたよ」  おそるおそる希の方を向くと、希はまっすぐ俺を見つめていた。  化け物の鈍い断末魔が鼓膜を震わせる。 「やっと見つけた、朝見快」  希が笑う。  ゾクゾクするようなきれいな笑顔だ。  視界の端で化け物の姿が霧になって散っていく。  その瞬間、俺の視界はブラックアウトした。
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