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「で、気を失ってしまったと」 「うん。前のときと一緒」  悪びれずうなずく真木希に、カフェ・ラ・クンパルシヰタのマスター、三保松原修司はため息をついた。 「事情は承知していますが」  三保松原は小鹿のように澄んだ真木希の両目をまっすぐ見据える。 「彼を幕の中に引きこんだのはいささか早計だったと思いますよ」  諭すように言われて真木希は肩をすくめる。  口には出さないけれど、いかにもつまらない、といった様子をありありとにじませながら。 「みんな怒ってました?」 「そうですね、謝った方がいいのは確かです」  ですよねえ、と口では言いつつ、真木希は気にした風もない。  そんなことはおくびにも出さないが、三保松原もまた心情的には肩をすくめていた。  優男だとばかり思っていたが、今日の様子を見る限り、この真木希という少年は実際のところずいぶん豪胆なようだ、と。  もっともそういう人間でなければ西園寺のお眼鏡にはかなわなかった、ということでもあるかもしれない。  ダッツゼー出現をいくら知らせても応答しなかったと思ったら、勝手に部外者を連れ込むだなんて、自分も西園寺もまったくもってこの少年に舐められているということだろう。 「その彼はどうしたんですか。朝見快くんでしたっけ」 「送っていきましたよ、気絶したままだけど」 「気絶したまま?」  眉根をよせた三保松原に希はうなずく。 「うん。うちと快の家、まじで近所だったんで近くの公園に置いてきました」 「それは大丈夫なんですか?」 「大丈夫。ほら、ミホさんも見たでしょ?快が雪ウサギ量産してた動画。あの公園だから」 「そうですか」  なにが大丈夫なのかわからないが、三保松原はそのまま流した。  この子が大丈夫というのなら、おそらく大丈夫なのだろう、と思いながら。  BGMのひとつもない、薄暗い店にしばし沈黙が訪れる。 「まあ、でも、快にも謝んないとな」  真木希がつぶやいた。  三保松原のいれたロイヤルミルクティーを飲み、ほうっと微笑む。このミルクティーは希のお気に入りだ。茶葉はウバで、彼の好みに合わせて、ほんのきもち砂糖を多めに入れてある。 「ねえミホさん、どうして快はあのとき幕の中にいたんですか。範囲にいた人は避難誘導し終わってたでしょ」 「私の確認不足でしょうね」 「ええ?違いますよ。俺、見たもん。絶対あいつ後から入ってきましたって」  希が身を乗り出す。  三保松原はしかたなくカップを拭く手を止め、彼の話に耳を傾ける。 「ね、すごくないですか。あいつ入れないはずの幕の中に丸腰でいたんですよ。絶対向いてると思いません?」 「向いている、とは」 「そのまんまの意味ですよ」 「なるほど」 「俺、絶対いいと思うんだけど」 「私にはこの件に関しての向き不向きはわかりかねますが、まあ、その方は特異な体質かもしれませんね」 「ふうん」  そっけなく返した三保松原に、つまらなそうに希が元の姿勢に戻る。  望む答えが得られずに不満なのだろう。  三保松原は知らんふりして次のカップを持ち上げる。  そんな風に信頼してくれるのはうれしいが、あいにく、この少年が考えているほど自分はこの奇天烈なミッションに精通しているわけじゃない。 「じゃあ、そろそろ行きます」  黙ってロイヤルミルクティーを飲んでいた希が立ち上がり、そのまま出口へと向かった。  結局上に謝っては行かないらしい。  まあ、それはそれで彼らしいと三保松原は思う。うわべだけの謝罪なんて意味がないと思っているのだ。さきほどの熱量を見る限り、真木希は自分が正しいことをしたと思っているようだし、ここで謝らなくても彼らとうまくやっていく自信もあるのだろう。  ならば、自分がもう口出しをする必要もない。  三保松原は目礼で真木希を見送った。
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