グリンピース

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グリンピース

アスファルトがまだらになって、間もなくワントーン暗い色になった。1台だけ通ったタクシーは、ヘッドライトをギラつかせらせながら木々の坂を下って見えなくなる。 「 なぁ涼介、グリーンピースとさやえんどうの違いって知ってるか」 屋根とベンチのあるバス停に駆け込み、一息ついたときだった。正人が聞いてきた。 「わかんないけど俺、グリンピースだと思ってた。グリーンピースじゃなくて」 雨粒は勢いを増しながら、地上のあらゆるものを叩き狂っている。正人の「そっか」の声も、イヤホン越しに聞くのによく似ていた。 「今日の調理実習、どうだった?」 しばらくして再び、正人が口を開いた。 「まずまずだったよ」 「そっか」 「うん」 「お前、なに係やった?」 「なに係」と聞かれても。夏休みがあけてすぐの調理実習は、フルーツポンチだった。  缶詰を開けたり、桃やキウイを切ったり、ボウルにサイダーを注いだり――。   そんな風景はよく覚えているが、自分が何をしていたかはよく思い出せない。 「苺のヘタを取る係」 同じ班の女子生徒が、隣でそんな作業をしていたっけ。 「へぇ、やるじゃん」  正人が勝ち誇ったようににやけた。あぁなんか嫌だ。 「俺は杏仁豆腐をひし形に切る係やったぜ」 あぁそうだ、自分はサイダーのキャップを開ける係をしたっけか。しかしどの道、正人の「杏仁豆腐をひし形に切る係」にはかなわないだろう。この話は、早めにやめにしたい。 「俺、将来フルーツポンチ職人になれるかも」 あぁやっぱり始まった。何か別の話題を探そうと目を動かしたが、雨と2人きりのバス停以外、何もない。正人は続ける。 「だって俺、めっちゃきれいなひし形に切ったんだぜ? 先生にも、班の女の子たちにも褒められたよ。しかもさ、そのひし形の美しいこと。向かい合う角の角度もぴったりでさ」 正人は熱っぽく言った。さらに続ける。 「しかもしかも、ジュリアちゃんと同じ班だったんだけど、ジュリアちゃんが『おいしい♡』って言ってくれたんだ。これ、脈アリかな?」 手でハートマークをつくって、彼女の声を真似る。あぁ、もうどうでもいいや。 同じクラスのジュリアという女子生徒は、ヨーロッパ系のハーフで、器量がよかった。男子同士の会話でも、頻繁に登場する。まぁ彼女は自分より背が高いから、あまり興味はないけれど。 「あぁ、ジュリアちゃんが通って、傘に入れてくれたりとかしないかなぁ」 正人が空を見上げた。それに倣うが、濁った空色は変わらない。雨は相変わらず辺りを叩き続けている。  少し経って、乗用車が通り過ぎた。  そして男子生徒の悲鳴が聞こえ、自転車が3台、高速で坂を下る。その後をちまちまと、1つの傘に収まろうとしている女子生徒たちが通った。  自分たちはまだ、錆びたベンチに腰かけていた。きっと止むまで立ち上がらない。  少し弱くなってきたかもしれない雨は、それでもアスファルトの道で弾けつづける。皮膚の蒸れが気になって、腕時計をはずした。暗いようで明るいが、16時半を過ぎている。正人と目が合った。 「なぁ涼介、お前ほんとに折り畳み傘持ってきてないの?」 「いつも机の中にしまってあるから、今はない」 「下校時」に雨が降っているときに使うつもりの置き傘だった。「下校中」に雨が降ることなんて、想定しているはずがない。 「そういうお前は持ってないのかよ」 「うーん」  正人はリュックをかき回した。 毎日使っているハンカチと、角の剥げた筆箱が足元に転げ落ちた。両方拾って、ベンチの上に乗せてやる。 「あ」 正人の手には、折り畳み傘があった。   少年の残る笑みで、おそるおそる傘を広げる。  いかにも「女姉妹のおさがりです」といった水玉模様の傘が、翼を大きく広げた。可愛らしい、さわやかなグリーンの水玉模様――。2人で入る。  駅が近づくにつれ、雨粒のテンポがまだらになってきた。  傘で奏でる雨に、妖精の魔法がかかっていたから——それは言い訳で、なんだか悪戯をしたくてたまらなくなる。 「なぁ正人、グリーンピースとさやえんどうの違いって知ってるか?」 「うーん」  周囲で、妖精たちが笑転げている気配がした。   正人は眉間に皺を寄せ、「わかんないけど」と続ける。 別にそんなこと、どうでもよかった。  ただただ、彼の言葉の続きを待っていようと思った。
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