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赤い落下傘
残酷が墜ちてきた。
それを拾った僕は自分の掌に書かれた文字を切り刻んだ。どんなに肉を裂いても「希」の文字は現れず「望」は「絶」との羈絆を解こうとはしない。
項垂れる僕は流れる大量の血で白いシーツを染めあげ、何枚ものハンカチの大きさに切り分け角隅に麻紐を結んだ。Rose Cecil O'Neillの産んだ赤子たちの人形に、そうやって作った血染めの落下傘を背負わせた。
それを一番高い塔に登って次々と自由な空に放った。赤子の人形の落下傘部隊は上昇気流に攫われ雲間に消えた。
そして僕は詠う。
貴女が預言者ならば滅びの詩は讀まないでくれ
水晶玉が推奨する事情は分かっているけれど
僕にその悪夢の分節を解説しないでくれ
潰されたあの子たちの呟きの粒は目視出来ぬ程に極微で
その震えは誰の怒りさえ振るわせなかったのだろうか?
彼等は誰よりも地に足つけて生きていたのに裸足で
飢えさえ日常の課目だと寡黙に忍んでいたのに甚だしく
希と切り離された茫然とする望を饒舌な絶に舐めとられ
腑に落ちない不意に来る負に背中を押され
暴虐の地から忘却の空へと落とされるとき
光と影が持ち場を交替し重力と引力が後退し
活火山のような瓦礫の雨と一緒に大気圏へと墜落する
落下傘代わりの血染めのシーツを広げながら幼さが散っているのに
僕は浮かび上がっていく浮かばれない魂に触れることも出来ず
貴女の教授する黙示録を享受しなくてはいけないのか?
見上げる空は真っ赤な落下傘だらけじゃないか
もう天上の地図には新たな星に分与する番地すらないのに
彼等が上手く着地して再び嫡子してくれるといいけれど
神聖な肉体の配給を申請している新星児たちが
涅槃の海にひしめき合って漂うことさえも出来ない
輪廻が根を上げるほどにフル回転しても
自分の死の事実も知らぬ心残の新参者には居場所もなく
広げたままの落下傘は現世の風に煽られて認識の外へ流され
忘れられた地平の向こう一面を赤く爛れた布で覆う
貴女はどこにも行けない哀しみたちにそれが運命だと諭すのか?
何も出来ない僕の口に黙って受け入れろと轡を噛ますのか?
あの日のカブールで、あの日のバグダットで、今日のキエフやマリウポリで、赤い落下傘で舞った小さき命を追悼しながら......
......僕は高い塔から跳ぶ。落下傘も持たずに。
物言えずのまま。
きっと辿り着けるだろうと信じて願う、あの子たちの降り立つべき未来に寄り添う為に。
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