2人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
六話
「ギャハハ!」
甲高い声で笑うのは孝介の一期先輩のイトウさんだ。イトウさんはお客様と電話で話す時も、どこから声が出てるんだと思うような声の持ち主だ。なんか頭の上から声が出てる感じがするのだ。夕べのワタナベさんの一件を話したら大笑いだ。イトウさんは実家から通っているからワタナベさんと一緒に住むことはない。そのことをとてもラッキーに思っていた。
「滝田も大変だなぁ!オレは無理だなぁ、そもそもワタナベさんとは生理的に合わないもん。耐えられないね」
とか言われたけど、孝介も他に住むアテがないから我慢するしかない。まぁイトウさんに相談しても無理な話だ。
その日はワタナベさんが休みだったので支店の夜は平穏だった。一人で歩いて帰る途中、ホカ弁を買って寮に着く。ワタナベさんが
「おかえり〜」
と声をかけてくれた。
「ただいま戻りました」
と挨拶もそこそこに自室に入る。
そこへ
「孝介君、ちょっといいかな?」
とワタナベさんが部屋に入ってきた。
「実は相談なんだけど」
「はい 何ですか?」
「毎朝オレの彼女のさっちゃんから電話があるだろ。ほぼ8時にかかってくるからたいてい出れるんだけど、もしかしたらその時間にお腹痛くなってトイレ行ってる時に電話があったら出て欲しいんだ」
はぁそんなことか…一回くらい出なくてもいいのに、掛け直せばいいのに…なんて思いながら
「分かりました、いいですよ!」
と答えるとワタナベさんが嬉しそうに「孝介君の電話が鳴って、もしトイレとかお風呂にいたらオレが出るけん!お互い助け合おうっちゃ!」
と言ってワタナベさんは満足そうに自分の部屋に戻っていった。
毎日決まった時間に電話があるんだから、仲いいよなぁ…とそんなことを思いながら孝介は冷めたホカ弁を食べ始めた。
この当時、昭和63年、携帯電話などない時代だ。孝介は就職と同時に念願のプッシュホンを購入したが、ワタナベさんは友人に譲ってもらったダイヤル式の黒電話を使っていた。
最初のコメントを投稿しよう!