あの光る棒を振って。

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 オープンキャンパスで昭島さんに出会えたのは偶然だ。ひとりで大きな箱を抱えて急いでいた昭島さんの、箱から転がり落ちたのは、あの光る棒だった。  もちろん昼の日なかで消灯しているから、ただの棒にしか見えない。けど、なにか直感がひらめいて、駆け寄って、拾って渡す間に、間違いないと確信していた。  あとで昭島さんは言った。 「誘導棒を拾ったおまえが、妙に興味ありそうな感じで見てたからさ」  それで、僕はそのまま「交通警備研究会」の練習に引っ張られ、見学することになったんだった。  キャンパスの少し開けたスペースで踊る先輩たちを、まるでストリートミュージシャンのたった一人のファンみたいに見ていた。交通警備演舞の第二というのもあとで知った。第九まであるけど、四と六は伝承が途切れて今は伝わっていないんだとか。  未来の先輩たちの振る棒は、僕の胸のなかで赤く、あの雨の日のときのように輝く尾を引いて美しい弧を描いた。  偏差値的には少し無理めだったのを、猛勉強で乗り切り、桜の花びらの舞うキャンバスで、入会歓迎の安全反射ベストを三輪さんに着せてもらった、あのときの痺れるような感動は忘れられない――。 「鈴原のやつ、誰よりも熱心なのは、良いんだけどな」  昭島さんの苦笑まじりのつぶやきで、回想から目が覚める。  その横顔と分厚い胸板を横目に、新入生オリエンテーションでの昭島さんのソロパートは見応えがあったな、とまた思い出してしまった。  安全反射ベストと誘導棒、ヘルメットにヘッドライトのフル装備に、三角コーンとA型バリケードを舞台装置に使った演舞だ。そのなかでも、うっとりするほど美しい誘導を見せた演舞は、文句なく三輪さんではあったけど。 「ああ……そういえば鈴原、入学したときにはもう検定2級もってましたもんね」   交通警備に国家資格があるなんてことすら、僕は知らなかった。 「18歳になってすぐ、講習受けたらしいぞ。1級は実務経験が必要だから受験はしてないが、過去問の自己採点で俺より高得点とってたのは、あれはへこんだなあ」 「……」  ちっともへこんでいなさそうに笑う昭島さんの横で、僕はスタートからついていた鈴原との差を思い、ため息をついてしまう。  僕が18歳になったときといえば、母親から「必ず役に立つから」と自動車教習所に通わされていた。  もし、あの雨の日のあとに、もっと真剣に交通誘導のことを勉強していたら――今年の交通警備新人戦は、鈴原と一緒に出場できていただろうか。  来年があるさと三輪さんは慰めてくれたけど、来年の三輪さんは四年生だ。  仮に僕が新人戦に出場できて、結果を出して秋の全国大会に出られたとしても、三輪さんとペア誘導できる可能性は低い。  考えても仕方がないことだ。いま、僕にできるのは、練習と、次の検定試験に合格するための努力しかない。 「あんまり考えすぎるなよ? 大丈夫、おまえが頑張ってることは、俺も三輪も、鈴原だってちゃんと知ってる」  黙り込んでため息ばかりついている僕をどう思ったか、昭島さんに頭をクシャクシャと撫でられる。 「鈴原の言う実力主義ってやつも、目に見えるものだけが実力じゃあないって、あいつもすぐに気が付くさ」  そうですね、とこたえたのが自分でも驚くほど棒読みで、僕は慌てて話題を変えた。 「あの……ちょっと僕も、なにか飲み物買ってきます。昭島さん、なにか買ってきましょうか?」 「サンキュー、でも俺はいいや」  室内のすみの、年代物の電気ポットとティーバッグのセットを指して笑う。 「バイト代、出る前だから」  僕は自販機、というよりは三輪さんが鈴原を追いかけていきそうなところを探して、外へ出た。  気まずかった。  僕が純粋に、鈴原との間にある誘導スキルの差に悩んでいるとか、昭島さんは思って慰めてくれたみたいだけど、実際は違う。  ため息の理由の半分は、僕の、三輪さんへの誰にも知られたくない感情のせいだ。  僕にはすぐに、あの日の彼が三輪さんだと分かった。だけど、三輪さんは覚えていなかった。  ただそれだけのことが、今も、思い出すたび胸苦しい。 (続)
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