石の効力

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石の効力

 家に帰ると、母が夕飯の支度をしていた。  野菜を刻む音と、電子レンジのまわる音が混じり合う。 「おかえり、俊樹」 「柑奈(かんな)は? 靴あったけど」   「自分の部屋じゃない。来年受験生だから。それよりあんたのほうは……。あー、早く手洗ってきなさい」  きっと母は、就活のことを訊こうとした。  息子の(かもし)し出す空気を感じとって、言葉を濁したのだ。  ありがたい気遣いが、我が子を傷付けることを自覚していない。  俊樹は母親に背を向け、カバンを床に放り投げた。  本当は、叩きつけてやりたかった。  胸に(くすぶ)る苛立ちを押し殺し、母の後ろ姿を睨みつけたとき、ポケットの中から声がした。 『お母さん、髪の毛切った? 似合ってるじゃん』 「え……」  と言って振り返ったのは母だ。  俊樹は固まっていた。  ポケットから聞こえたのは〝俊樹〟の声だった。自分は、口を開いていないのに。 「あ、ありがとう……? 珍しいね、俊樹がお世辞言うなんて」  お世辞と言いつつも、母は嬉しそうだ。  サイドの髪の毛を耳にかけながら、目元を緩めている。 『今日の夕飯、酢豚がいいな。お母さんの作る酢豚は美味(うま)いから』  あっ、また聞こえた。  今ので理解した。  この声の正体は、鸚石(いんせき)だ。 「良かった。ちょうど今、酢豚を作ってるところよ。俊樹、毎日頑張ってるもんね。あたしにできることなんて、美味しいご飯を食べさせてあげることくらいだし」 『お母さんにはいつも感謝してるよ。この前だってーー』 「わぁー! あーあー! ありがとな? 俺、ちょっと部屋で着替えてくるわ」  勝手に〝俊樹〟になりきってしゃべる石を押さえつけ、俊樹は母親から距離をとる。   「はいはい、手洗いうがいは先にしなさいよ」  ご機嫌な母の言葉を背に受けながら、俊樹はバタバタと自室に逃げ込んだ。
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