62人が本棚に入れています
本棚に追加
③
「園田さんと一緒に飲んでた方から連絡をいただいて、迎えに行ってみれば園田さんは酔いつぶれてるし……」
乾はなぜか更にムッとしていて、呼び出されたのが面倒だったとでも思っているのかと俺はしゅんとしてしまった。
うなだれていると、乾は「園田さんが考えてるようなこと、ではないですよ」と言った。
じゃあ、なんでそんなに機嫌が悪そうなんだ? そう目で問うと、乾は困ったように笑って「園田さんが悪いんですよ……」と呟いた。
「迎えに行ってみたら園田さん誰かと折り重なるみたいに倒れてて……、嫌だったんです」
ぎゅっと眉間に皺を寄せ、「園田さんは僕のなのに」とふいっとそっぽを向いた。
なにそれ、可愛いんだが。あんなに胡散臭かった男が今や可愛いしかないな。
「でもすぐに僕に腹を立てる資格なんてない。やっぱり僕なんかよりここにいる人の方が……って落ち込んでいたら、電話をくれた方――でしょうか「本当この人ら仕事はできるのにまるでダメですね」って笑ってて」
そんなことを言うのはきっと坂田だろう。どうやって乾に連絡をとったのか気になるが、恐らく俺のスマホを勝手に拝借して履歴でも見たのだろう。
履歴の中には『大家さん』のものもあったはずなのに、わざわざ乾を呼ぶということは単に乾のことを見たかっただけか?
そこまで話すつもりはなかったのにフルネームと性別や年齢まではかされたのを覚えている。
気が回るのか単に俺を振り回す恋人が見たかっただけだったのか――、いや坂田なりに背中を押してくれたということなのかもしれない。だとしたらファインプレーってやつか。
それにしても乾のネガティブ思考は元々なのか、それとも美晴の件があってからなのか――未だに僕なんてって思っていたとは……。その辺はクリアできたと思っていたんだが、どうやら違ったようだ。
そんなことを考えていたら、乾の話が別の方向へとシフトした。
「あの時、園田さんが僕を欲しいと言ってくれた時、信じられない想いと嬉しい想いと両方ありました。だって僕はダメな兄で、どんなに大切に想っている人でも不幸にしてしまう疫病神、ですから」
「乾、それは――っ!!」
違うと言おうとして乾に手で制された。邪魔しないで最後まで聞いてくれということだろう。俺は仕方なく頷く。
「実は両親からは何度も僕は悪くないって言ってもらっていて、ずっと優しい言葉ばかりかけられていました。でもそんなの信じられなかった。だって目の前に不幸に苦しむ美晴がいたから――。美晴が園田さんと涼雨くんのお陰で笑顔になれても僕はなにもしてないから、許される機会を失ったって思っていました。だけど園田さんは僕を慰めるでもなく僕の悪いところを指摘してくれて、ひどいヤツって言ってくれました――。自分も僕もひどいヤツなんだからお似合いだって。あの時僕がどんなに衝撃を受けたか分かりますか?」
瞳に透明な膜が張り、キラキラが俺のことを見ていた。
『恋するキラキラ』が。
俺だって不安だった。恋人になったものの乾の本音が見えずに、本当は嫌だったのではないかと、だからつい受け身になってしまっていたのだ。誰よりも失いたくない人だったから。
「前にキスされた時も、セ……抱いてくれた、時も……自分の気持ちがよく分かりませんでした。夢、みたいで――嫌、ではなかった。でも好きだとは認められませんでした。園田さんはひどいヤツだったとしてもダメなヤツではないから……」
ぽろぽろと零れ落ちるキラキラを逃すまいと手を伸ばし、手の平で受け止める。
これは全部、ぜんぶ俺のものだろう?
「――でも諦めきれなくて……それで、いっぱい園田さんのこと見てたんですよ。考えて、見て、また考えて。そうして最後には自分には園田さんに愛してもらう資格なんてないって思っちゃうんです。でも諦めたくない。その繰り返しで――こういうことが初めてだったし、恋人になったものの本当にそれでよかったのか、僕が園田さんに触れてしまったらもう本当に園田さんを離せなくなる――。そう思って、せっかく忙しい合間をぬって会いに来てくださってたのに、避けてしまってすみませんでした。でも、さっき園田さんが酔っぱらってだらしなく眠る姿を見たらなんだか――可愛いというか、愛おしくて……ひどくてダメなヤツって思いました」
と、嬉しそうに笑う。
ああ……そういうことか。乾は戸惑っていただけなのだ。
自分の罪も許せないし初めての恋に戸惑って、どうしていいか分からずにまずは俺のことを観察してた? 触れられると手放せなくなるって?
ちょっと笑ってしまった。不安に思っていたことすべてが愛しいに変わる。
やることなすことすべてが可愛い。
――可愛いしかないな!
「――好きです。僕はひどいヤツでダメなヤツだけど、あなたもそうだ。だったら僕があなたを自分のものにしてもいいんでしょう?」
「ああ。最初からそう言ってる。俺はあんたが思うほどすごいヤツでもない。ただあんただけが大事で、あんたに心底惚れ込んだただの男だ。どんなあんたでも俺にはあんたが必要なんだよ。大輝、愛してる」
「僕も……です。僕にもあなたが必要……です。――愛してます……」
そう言っておずおずと近づいてきたかと思うと、乾の唇が俺の唇に触れた。
ただ触れるだけのものだった。だがそれは紛れもないキスで、キス以外のなにものでもなかった。
「そうか、もっとたくさん俺のこと見ていいぞ。それでもっともっと好きになれ」
「僕もいいですよ?」
と、いたずらっ子みたいに笑う乾を俺は抱きしめた。
そっと抱き返され、本当に俺たちは恋人になったのだと実感することができた。
今度は俺の方からキスをして、乾の濡れた瞳に次をせがまれる。
何度もなんどもキスをして、不安も恐怖も愛情もなにもかもをかき混ぜて、深い繋がりで溶けあって、お互いがお互いを満たしあう。
そんな俺たちの恋であり愛であり、ひどくてダメなヤツらのなんでもない普通のラブで幸せな物語には――――エンドマークはいらない。
ハッピーエンドはどっかの誰かにくれてやる。
一日一回とは言わず何度でも、俺は愛しいあんたに褒め言葉を贈るよ。
‐ ‐
最初のコメントを投稿しよう!