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1 一日一回褒めるだけの簡単なお仕事です。 ①
「園田さん、お家賃いつ払ってくれるのかしら? こちらも慈善事業じゃないんだから払えないのなら出て行ってもらいますよ」
最初の頃は言いにくそうにしていた大家さんも、半年ともなると遠慮なんてない。
退院してからもう半年以上が経っており、約一年の間働いていないことになる。それでも入院中は少ないながらも給料は出ていたが、そのほとんどは保険外の支払いで無くなり、大した蓄えもなかった俺は退職してすぐに生活に窮するようになっていた。
家賃よりもライフラインを優先させていたが、そろそろそっちも怪しい。
入院する前は、大家さんは毎朝会うと「昨夜も遅かったんでしょう? いつもお仕事お疲れ様。気をつけて行ってらっしゃい」と笑顔で声をかけてくれていた。
退院してからも「なにか困ったことがあったらいつでも言ってちょうだいね」と何度も部屋を訪ねて来てくれていた。
だが、たかだか半年家賃を滞納しただけで出て行けと言うのだから、今となっては優しかった言葉も本心からだったのか分かったもんじゃないと思った。
「はいはい。来週には払いますよ」とその場しのぎのことを言い続けて、次の仕事を探さないのだから収入があるわけもなく、結局は着の身着のままで追い出されてしまった。特に高価な物や大事な物はなかったが、滞納した家賃の代わりだと言うから黙って従うしかなかった。
この時の俺は誰のことも信じることができなかったし、誰かを頼るなんてことは考えられなかった。頼っても門前払いが関の山だと思ったからだ。
他人は本心を隠していくらでも利用するくせに、いざ利用価値がないとなったら途端に切り捨てるのだ。
無情にもきゅるると鳴るお腹を押さえ、くたびれたスウェットのズボンのポケットを探り、取り出したなけなしの百円玉を見つめた。
これでなにが買えるのか――。
難しいことを考えるのを止めた頭ではなにも考えることができず、とりあえずコンビニに行けばなんとかなるかとコンビニへとトボトボ歩いて行った。
コンビニに入って行くと、一瞬でなんだか空気がおかしいと気づく。なぜか俺のことをみんなが眉を顰めて見ているのだ。ヒソヒソと囁き合う声も聞こえる。
特におかしなところはないはずだが――と自分の姿を見降ろすが、やはりいつも通りだ。
変にひねくれてしまっていた俺は、存在することさえも許されないのかよと思うが、はぁと息を吐くだけに留めた。
正直もうなにかに怒ることも期待することにも疲れてしまったのだ。
誰からも必要とされず邪魔にされるのなら俺も誰のことも気にするのは止めよう。もうなにもかもがどうでもいい――。
が、視線が痛く落ち着かないから目についたパンをサッとひとつ手に取るとレジへと向かった。するとまるでモーゼの十戒みたいに人が道を開けていくじゃないか。なんなんだと思うが、無視する。
早く買ってさっさと出よう。
レジにパンを置き「百十円です」という店員の言葉にぎくりとなった。俺の手持ちは百円だ。十円足りない。これであり金全部なのだから十円なんて出てきっこないと分かってはいたが、ポケットを探るフリをする。
そして、「あー財布忘れちゃって……これいいです」とレジを去ろうと背を向けた途端聞こえてきた店員の舌打ちと小さな声。
「あーあもうこれ売れねーじゃん……」
俺は振り向きギッと店員を睨むが、店内に居る全員が俺のことを冷たい目で見ていていることに気づき、逃げるようにしてコンビニから出た。
「俺がなにしたって言うんだよ」
まさに俺が思っていたことを言われ驚き声のした方を見ると、小ぎれいな恰好をした胡散臭い笑顔を顔面に貼り付けたイケメンが立っていた。
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