0 なにもかもが最悪だ。 ①

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0 なにもかもが最悪だ。 ①

 あの頃の俺はとんだ勘違いヤローだった。  ハムスターが必死になってまわし車を回すように、自分が世界の中心にでもいる気で俺が俺がとなんにでも手を出し奔走した。  抱えきれないほどの案件を抱え、それがみんなの為でもあると本気で思っていた。  そんなこと、本当は誰も望んでいなかったし、単なる俺の傲慢で傍迷惑な自己満足でしかなかったのに――。  小中高、大学と俺はいつも周りの期待に応え、必ず期待以上の成果を残してきた。俺はどんなに難しいことであっても努力を惜しまず、誰かを頼るなんてことはしなかった。頼ることは相手の大事な時間を俺なんかの為に使ってもらうということで、迷惑をかけてしまうと思っていたからだ。  『人の迷惑になるようなことはするな』という両親の教えを愚直に守ってきたということもあるが、ひとりでもやれる能力が自分にはあると信じていたということでもあった。  ひとりでは難しく途中躓いたとしてもそれも経験で、次へステップアップする為の糧ぐらいに思っていた。こんなところにも俺の傲慢さが表れていたのかもしれない。  そして成果を挙げるとみんなが喜んでくれるのが嬉しかった。  そうやって順調に(・・・)勘違いを重ねた俺はいつしか変な使命感を持つようになっていった。  みんなの為に俺が(・・・・・・・・)やらなくては。  大学を卒業し、今の会社に入社してからも自分の能力を疑ったことはなかったし、現状に満足することなく努力も怠らなかった。  食費や色々な物は削ってもスキルアップの為のお金は惜しんだことはなかった。得てしてそういう専門的な勉強にはお金がかかるものだ。収入より支出の方が多くなることもしばしばで、蓄えなんてものは殆どなかった。  俺はそれでよかったし、問題なんてないと思っていた。  とある同僚の小さなミスが発端の、どんな偶然が重なったのかミスがミスを呼んで会社が傾きかけたときも俺のフォローでなんとか最小限の損失で収めたこともあった。  そんなことがこの十年の間に大小合わせれば数え切れないくらいあり、俺の働きによってこの会社はもっていると言っても過言ではない。  それは妄想でも増長でもなく紛れもない事実だとそのときの俺は本気でそう思っていた。  だから辛くても苦しくても、無理して無理してなにもかもに手を出した結果、俺は体調を崩し長期入院を余儀なくされてしまった。  そんなことになってもバカな俺はただベッドで寝ているだけなんてことはできなくて、絶対安静だという医者の指示を守らなかった。俺がいなくてはたちまち会社が困ったことになると本気で信じていたのだ。  入院してからも俺の勘違いは止まらず、俺が大人しくしていたのはほんのふつか程度で、あとは思うように動かない身体を必死に動かし看護師の目を盗んでは頻繁(・・)に新着メール(0)のメールボックスをチェックしていた。  なぜメールかと言うと、病気のせいでうまく声が出せず通話が不可能だったからだ。  まぁそのメールすらチェックするのがせいぜいで、文字打ちなんて無理な話だったんだが。  誰にとっても休養は必要で、世界は誰かひとりが回しているわけではない。そんな当たり前の誰もが知っていること、俺だって分かっているつもりだった。  だがよく自分のことは見えないと言うがその通りで、俺は限界まで無理をしたから今こんなことになっているのに、それでも自分がやらなければと思うことを止められなかった――。 *****  そうして数ヶ月の治療の甲斐あって絶対安静も解かれ持続点滴も外れたのだが会社からは未だなんの連絡もなく、なんだか見捨てられたような気がしていた。  あんなに必死に会社の為、みんなの為に頑張ったのになぜ連絡のひとつもないんだ。  なぜ誰も見舞いに来ないんだ。なぜ、なぜ――――。  自分から連絡を入れればよかったのかもしれないが、もうその頃には長期に渡る入院によるストレスと、会社に対する積りに積もった不満と変な意地から声を出せるようになっても自分から連絡を入れようとは思わなくなっていた。  決して見返りを期待していたわけではないが……少しくらいは、とは思った。  ――もう知るか。  それでも完全に見放すなんてことはできず、相変わらず空っぽのメールボックスとにらめっこしながらリハビリだなんだとそれなりに忙しい毎日を無駄(・・)に過ごしていた。  あくまでも俺にとって大事なのは、自分の健康よりも今までのように目に見えて成果を残すことができる『仕事』だったのだ。そして一緒に働くみんなのことだった。  誤解のないように言うと、俺は会社のみんなのことを好きだったし、役立たずと見下していたわけではなかった。  さっきも言ったように、ひとりでやれることをわざわざ人の手を借りるのは相手に迷惑をかけてしまうと思っていただけだった。  そんな俺の想いは誰にも理解されてはいなかったのだと、退院も目前という頃になってようやく俺は知ることになるのだ。
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