私には好きなweb小説がありました。

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 私はOさんの書いた小説が大好きだ。    もちろん本名ではないだろう。web小説投稿サイトで見掛けて以来のファンだ。  特に投稿三作目の短編なんて、何回読み返したかわからないくらい繰り返し楽しんませてもらっている。  初めてこの短編を読んだ時は、頭の中に隕石でも落ちてきたような衝撃が走った。  正直素人の書いた無料で読めるweb小説を少々小馬鹿にしていたことを反省し、日々名作や良作を探しては楽しむようになった。  その中でも、Oさんの短編たちは一際輝いて見えた。    Oさんの作風が最近変わった。  SNSもフォローしていたのだけれど、作品を作り上げるよりも交流をメインにするようになってきたのが見て取れた。  そして、書き手同士で読み合いや感想の書き合いなんてして、段々と文章が単調になり平凡になっていった。  勤勉なOさんはいろんな作風を模索しているのだな、と思っていた。  しかし、Oさんの作風の良さを理解していないフォロワーの意見で、私が最初から最後まで全てを愛している短編まで単調で平凡に書き直したのだ。「これでよくなりましたか?」なんてニコニコな顔文字まで付けて。  私は、天から脳天に巨岩でも落ちてきたかのような衝撃を受けた。  絶望する時、人は頭も心臓も痛くなるのだと体感した。    それからは、ろくにOさんの作品を読んでもいない人の意見に流されて、Oさんらしさを拒絶され排除された小説が次々とアップされていった。  他でもないOさん自身によって、Oさんの小説は殺されたのだ。    念のため小説リーダーのアプリにあの短編たちをダウンロードしておいてよかったと心から思った。  閲覧数に貢献するために、普段はちゃんとサイトで読んでいたがもう解禁だ。    それからしばらくして、テンプレ長編でOさんは賞を取り念願の書籍化を果たした。  異世界転生チートハーレムものだ。学園編なんて、悪役令嬢を助けるために裏工作したり決闘をしたり地位のある男性キャラにざまぁしたり、頭が痛くなるほどどこかで見たことのある展開が読者からの人気を集めていた。    Oさんは、「昔はつまらない独りよがりの作品をたくさん書き散らしていた。ちょっと整理する」と過去の作品をまとめて削除した。  流行路線ではない地味な作品ではあったが、Oさんにしか書けない美しい作品たちであったのに。    月間人気ランキング上位に入っている最新作は、Oさんがずっと願っていた通り感想もたくさんもらえてSNSでもいつも楽しそうだ。    それでも、閲覧数もお気に入りも少なくて今はサイトで読めない過去の作品の方が、オリジナリティもあって言葉一つ一つに気を遣って丁寧に書かれていた。とても読んでいて私は幸せな気持ちになれた。    小説投稿サイトで、Oさんの作品でお気に入りに入れていた作品は既に全削除された。  私がこの小説投稿サイトに登録した時、一番最初にフォローしたのはOさんだった。  そのOさんへのフォローを外した。  それだけのことなのに、身体は全力疾走したくらい疲れ果て、心には隙間風が通るような気がした。    他の書籍化作品を三つくらい足して水で思い切り割ったみたいなOさんの小説は、私がよく行く書店にも並んだ。  量産的で特徴もない露出狂のような美少女の描かれている表紙は、オリジナリティのないOさんの今の作風とよく合致していた。  それを見るたびに身勝手ながら複雑な気持ちになる。    今でも時々は、常にトップページのランキングに載っているOさんの小説を読む。  過去のOさんをついつい探しながら読んでしまうが、もうどこにもいないと毎回確認できてしまう。  別にOさんは私のための作家ではないから、書きたい作品を好きに書けばいいと理性ではわかっている。  それでも、外見にしか特徴のないテンプレ登場人物たちの薄っぺらさを見ると悲しくなってくる。これは十割私の身勝手だと理解はしているのに、感情が処理しきれないのだ。    もう、ダウンロードしてあるOさんの初期の短編も昔のような気持ちで読めなくなってしまった。  読むたびに苦々しい物が心に広がるのだ。  だから、小説リーダーのアプリごと削除した。  さよなら。作者に見捨てられた私の愛おしい作品たち。  私のスマホは、知らず知らずの内に涙に濡れていた。    私はOさんの小説が好きだった。
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