最終話 見果てぬ夢の、その先へ

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最終話 見果てぬ夢の、その先へ

「……ん……はぁ……」  無限に続くと思われた、啄むだけの口づけをようやく解かれ、侑は大きく息を吐いた。互いを繋ぐように、直前まで絡んでいた舌先から唾液が銀色の糸を引く。渇いた侑の唇を思うさま濡らして満足した土師の双眸が、ゆっくりと笑みの形へと変化した。  予約もせずに訪れた旅館には、幸運なことに空室があった。静謐な和室へ通され、夕食を摂った。大浴場で心ゆくまで温泉を堪能して部屋へ戻ったふたりを待っていたものは、並べて敷かれたふたつの寝具だ。 「……生きているんだな、侑」 「それは、誰に言っ……んぁっ」  胸の飾りを舌と歯で愛撫されながら、侑は土師の器用な手に翻弄され、既に二度目の絶頂を迎える寸前にまで極まっている。美しく着こなしていたはずの浴衣はすっかりはだけ、帯だけが虚しく細い腰に巻きついていた。耳朶を甘噛みされ、指と舌で全身をくまなく撫でられ、足は空を蹴る。仰向けに寝かされた蒲団は寝苦しいほどに柔らかく、どこかへ落ちてゆきそうに感じられて不安が募った。 十六の冬に病に倒れた桐野侑は勿論、鈴川侑にとっても他者の手に触れられるのは初めての経験だ。先端を爪の先でかかれ、扱かれ、髪を振り乱して悲鳴染みた嬌声を上げ続ける侑の頬にはもう、いくすじもの涙が伝い落ちている。  脇腹を撫でた指が胸元へ再度到達すると、痺れとも痒みとも言えぬ感覚が即座に下肢へと跳ね返って、抗えぬ熱が身体の中心に集まってゆく。 「おまえだ、鈴川侑」 「……あぁっ、ぅあっ」  いい加減に判れ、という一言を耳元で聞いたと思うと同時に背後の蕾に長い指が足された感触がして、侑は泣き濡れた双眸を限界まで見開いた。 「んぅっ……」  隘路を辿る指に体温を上げられ、痺れる腰を揺らめかせると、性器の先端からとろりと蜜が溢れる。土師がそれを掬って背後へ導けば、それだけで侑は素直に喉を反らせ、熱い吐息で周囲の空気を湿らせた。  既に十代の少年ではないが白い肢体はほっそりとして、土師の目に折れそうな印象を与えるばかりだ。羞恥に逸らされる目を許さずに、土師の人差し指が侑の顎を捉えて口づけに縺れ込む。唇の触れ合う感触は心地よく、侑の表情が幸福そうに緩む様子に土師も微苦笑を禁じ得ない。 「……あ……」  覆い被さってくる逞しい身体を抱き止めると、土師の昂りが侑のそれとぶつかった。己の貧相なそれとは異なる雄々しい剛直に、侑は思わず片手で口元を押さえて息を飲み、自分を組み敷く男を見上げた。 「怖いか」  自分とは比較にならぬほどに立派なそれを、受け入れられるかと問われたのだとは想像がつく。本来ならば受け入れる機能のない場所だ。痛みに対する恐怖がないとは言い切れない。それでも侑は果敢に首を左右へ振り、潤んだ瞳で土師を見上げた。 「して、ください。したいです」  互いが生きていること、生きてゆくこと。  覚悟と決意を、土師の体温とともに自分自身の身体と心に刻み込みたいと強く願う。広い背に腕を回して抱き寄せるのは、愛しい重みとぬくもりだ。 「……フッ。潔いな」 「あ……ンッ」  土師は淡く笑みながら、指を抜かれることにさえ感じて呻く侑の腿の内側を撫で、足を大きく開かせる。薄い身体が戦慄きながら、秘められた場所に土師を迎えた。 「……っ!」  慎重に侵入してくる熱の塊を声も出せずに飲み込んだ侑が、優しく優しく、まるで泣くのかと思うほどに甘い表情を浮かべる土師を見つめる。 「土師、さ……っ」 「イっていいぞ、侑」 「一緒、が、いい」  快楽に掠れる声が短く伝えたのは、切実な願望だ。熱に浮かされた栗色の瞳が甘く切なく土師を見上げ、白く伸びた両足が自身を組み敷く男の腰にしがみついた。 「無闇に煽ると後悔するぞ」 「あなたとならば、それも一興」 「ともに生き、ともに逝く……か」  今生も、と声にはせずに、土師が侑の腰を抱き寄せる。前世での別離から今日までの長い片想いの末にようよう触れられた華奢な体躯を壊さぬよう、傷つけぬようと己に言い聞かせても、伸ばす指先にはついぞ余計な力がこもる。細い肩を抱き、口づけて、滾る恋情に任せて土師は侑を貫いた。 「好き……好きです、土師さんっ……」  前世の記憶など欠片もない。だからこそ、目前の男に惹かれる気持ちは一点の曇りもない自分自身のものだと実感できる。 「侑……っ」  俺も、と言葉にする代わりに、かき抱いた痩身に土師は有りっ丈の想いを注ぎ込んだ。
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