1 夢は夢でも……

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「……ようやく見つけた」  静謐な墓園の一角で、土師潤一郎(はじじゅんいちろう)は故人へ話しかけるように呟いた。薄暮の中に建つ墓石は物言わぬまま、それでも何事かを言いたげに、傾き始めた陽光をきらりと跳ね返す。  土師の脳裏に返るのは、数日前の夕刻に出会ったひとりの青年だ。  優しげに整った綺麗な顔をしていた。  左目の下に小さな黒子があり、額には大きくはないとはいえ誰の目にも明らかな、一直線に走る傷痕が刻まれている。強引に聞き出した利き手は左。『ユウ』と呼んだ瞬間、大仰に身体を震わせて大きな目を限界まで見開いてこちらを見た。法事帰りだと言い訳をした瞳は涙に濡れ、街の灯りに煌めき、美しかった。  探し求めていた人物と、全てが合致している。 「俺もおまえも、石の下になどいない」  いつ聞いたのかさえ定かではない古い歌が、ふと土師の耳元を掠めて消える。  広い墓園に整列した墓石の下では鬼籍に入った人々が静かに眠り続けているが、自分と『ユウ』が例外であることを土師は知っていた。  風にもならず、現代の人間として転生し、今日も新たな一日を歩んでいる。  ――生まれ変わっても、俺を見つけて。  病にその身を蝕まれ、涙ながらに前世の土師の指を握ってそう懇願した少年(ユウ)は、新たな命を与えられて以降、順調に成長して立派な社会人となり、苦痛にまみれた日々の記憶を失っているようだ。 「俺を、憶えてはいないのだな」  一抹の寂しさに胸を触られ、墓石に花を手向ける指先までもが冷たいものに被われる。  想いを込めて髪に触れても名を呼んでも、『ユウ』は土師との過去を思い出したかのような素振りは見せなかった。 「土師潤一郎……か」  ふと囁いたのは、自身の現世の名だ。  転生により、親は変わり、姓も変わった。  どんな仕組みによるものか名だけは前世のものを現世(いま)も与えられてはいるが、『ユウ』は名乗ることを避けて去ってしまったために、彼のフルネームを聞くことはできなかった。 「……ユウ」  愛しい者に寄り添うように見つめる墓石の表面には、『桐野(きりの)家』という三文字が刻み込まれている。前世でたった一度だけ訪れたこの墓を土師は転生後に明確に思い出し、友人を訪ねるように足繁く通っていた。  側面に記された先祖代々の名と並ぶ最も新しい故人の没年月日は、二十七年前の五月半ば。享年十八歳。  俗名は――侑。
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