4 夢と現実の狭間で

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 ――かっこいい! すごく似合ってる。  桐原潤一郎の名をそう称賛した桐野侑は、純粋無垢で清らかな性格の少年だった。  小さな町の小さな高校で、ふたりは常に行動をともにしていた。 出会って初めて迎えた初夏のある日、夕立に遭ったのは下校中だ。 神社の前に差しかかると同時に襲いかかってきた激しい雷雨の中、ふたりはどちらからともなく手を握り合い、鳥居を潜って長い参道を駆け、社殿を目指した。2段だけの薄い階段を上り、賽銭箱の後ろへ隠れると同時に、薄暗い世界が白銀の雷光に照らされ、轟音が轟いた。栗色の髪から雨の雫を滴らせる侑の肩が大きく跳ねて、潤一郎の腕に強い驚愕を伝えた。 『雨、止みそうもないな』 『寒いか、侑』 『俺は平気。イチは』  強がる言葉とは裏原に、発された声が小刻みに揺れる。恐怖とも寒さとも知れぬものに震える侑のワイシャツはすっかり濡れそぼり、肌の白さを潤一郎の目前へ曝け出していた。 『……侑』  雨粒の滴る頬に指先で触れ、顔を近づけてくる潤一郎を、侑は真顔で見つめ返した。 『……いいよ、イチなら』  天空を裂く閃光を映した栗色の瞳が、正面に潤一郎を捉えたまま静かに伏せられてゆく。重なった唇の熱に夢中になり、ふたりは身体を離せぬまま、同時に互いの指を強く深く絡め合った。 「その年の冬にはもう、おまえは……」  過去の痛みに耐えながら、土師が花を手向ける御影石。だが、ここに『侑』はいない。  土日を挟み、月曜に出勤すれば、また会える。が、学園に勤務している鈴川侑は、桐原潤一郎の想う桐野侑としての記憶を全て失ってしまっていた。司書室での強引な口づけに、何を思っただろう。単なる暴力と受け取られるのは辛いが、そうであっても文句は言えない。 「早まったか……」  複雑な気分を抱え、侑が発熱したことも知らずに土師はひとり、墓苑を後にした。
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