映画館デート。

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その声の方向に振り向くと、幼なじみの渉がそこにいた。 「こんな時間になんでいるの?」 渉は私の横に並んでそう聞く。 伊吹くんのことを見ながら。 「映画、見てたんだよねー」 伊吹くんはその目線に答えるかのように明るく返事をする。 伊吹くんは、さっき何言いかけたんだろう。 気になる。 「ってかあんた誰?」 渉の声が駅のホームに響く。 渉、なんか疲れてる? いつもの雰囲気と違う。 「俺は井上さんのクラスメートでーす」 伊吹くんはニコニコと渉に返事をしている。 井上さん。 クラスメート。 違わない。 何も間違ってないのに、すごく距離を感じる言い回しだった。 「じゃ、幼なじみくんがいれば安心だね。また明日学校で」 そう言って伊吹くんは反対側の電車乗り場へ向かった。 帰りはやけにあっけなかった。 もっと一緒にいたいとか言ってたくせに。 あっさり帰り過ぎじゃない? って違う違う。 伊吹くんはカレカノ気分を味わいたくて言ってるだけなんだって。 勘違いしちゃだめだよ。 いい加減学習しなきゃ。 伊吹くんの後姿を目で追うのをやめると渉と目が合う。 「新奈が男子といるなんて珍しい」 「まあね、成り行きで」 やっぱり渉、疲れてるのかな。 「もしかして好き、なの?」 「へっ?!ないない!絶対ないから!」 急に変なことを聞くから、びっくりして声が大きくなってしまう。 「新奈、動揺しすぎ」 そう言って渉は笑った。 くしゃっと笑う渉の笑顔はいつもの笑顔で少し安心した。 「新奈のクラスにあんな奴いたっけ」 「いるよ」 伊吹くん、結構目立つ方だと思うんだけどな。 「まあ喋るようになったのは最近だけどね」 「ふーん」 「そう言えば、伊吹くん渉のこと知ってたよ」 「え?」 「ほら渉、放課後よくうちのクラスに来てたじゃん。それで私と渉が付き合ってるって勘違いしてたみたい」 私は初めて伊吹くんが私に喋りかけてくれた時のことを思い出した。 不思議だな。 あの時、伊吹くんが忘れものをしていなかったら、私たちはこんな関係になっていなかったかもしれない。 「…そのまま勘違いしててもよかったのに」 渉が喋り始めたと同時に電車が来て。 渉が何を言ったのか私には聞こえなかった。
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