最後のデート。

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伊吹くんは私をドキドキさせる天才なんじゃないかと思う。 こうやってクレープひとつ食べるだけでも、たくさんのキュンをくれる。 きっと伊吹くんと付き合う人は幸せなんだろうな。 「おいしかったねー」 「新奈のほっぺた、とろけてたね」 「あんなに美味しいもの食べて、とろけない方がおかしいし」 私たちは帰り道をゆっくり歩きながら、たわいもない会話をした。 こうやって普通に話していると、これが最後だって感じが全然しない。 やっぱり伊吹くんと一緒にいると楽しい、とか。 このまま、楽しいだけのこの関係を続けていてもいいかもしれない、とか。 余計なことを考えそうになる。 あの時、伊吹くんがスマホを教室に忘れていなければ。 私が日直の日誌をスラスラ書けていたら。 こんなことになってなかったのかな。 「ここ、もう少し歩くと海が見えるんだよ」 「へー、そうなんだ」 初めて伊吹くんと歩く道。 こんなところから海が見えるなんて知らなかった。 伊吹くんの言う通り、一部だけ視界が開けた場所があって、その隙間から海が見えた。 「ほんとだ」 「キレイだね」 風が、私たちの横を通り過ぎていく。 「海、行ってみる?」 「…うん」 私がまだ帰りたくないって思ってること、バレちゃったかな。 それとも、伊吹くんも同じ気持ちでいてくれてたのかな。 私たちは、海へと続く道を辿って足を進める。 どんどん前面に海が広がってきた。 「キレイ」 「だな」 最後に海に続く階段を降りる。 一歩先に階段を降りた伊吹くんは、私に向かってさっと手を差し伸べてくれた。 やることが、いちいちかっこいい。 私は躊躇しながらも、その手をとった。 階段を降り切ってからも繋がれたままの手。 いつもより強く繋がれたその手に、私は逆らうことができなかった。 さっきよりも風が強くなって、私と伊吹くんの髪を揺らす。 「海の匂いがする」 「秋の海もいいよな」 「そうだね」 しばらく2人で海を眺めた後、近くにあった流木に2人で腰をかけた。 「もうすぐ夕日、見られるかな?」 私は、ほんのりオレンジかかった空の色を見ながらぼそっと呟く。 「夕日、見てから帰る?」 「…そうだね」 伊吹くんの「帰る」って言葉が現実を知らせる。 「このまま日が沈まなきゃいいのに」 「え?」 心に思っていたことがつい、口から出てしまっていた。 「なーんちゃって。彼女みたいなこと言ってみた」 「今のはずるいよ…」 そう言いながら伊吹くんは腕に顔を埋めた。 「ずるいって…」 「新奈といると、帰りたくなくなる。帰したくなくなる」 伊吹くんは、そうやってすぐに私の心を奪っていく。 「ずるいのはどっちよ…」 そんなの、私は最初っからずっと思ってたよ。
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