最後のデート。

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どんどんオレンジ色に染まっていく夕日を眺めながら、伊吹くんは喋り始めた。 「渉くんってかっこいいよね」 「何急に…」 「いや、なんかクールな感じでさ。いつも新奈の隣にいて、少し羨ましかったんだよね」 え…。 伊吹くんは渉のこと、そんなふうに思ってたんだ。 「渉、クールじゃないよ」 「俺にはそう見えてたの」 なんで今渉の話をするんだろう。 そっか、私が渉とちゃんと向き合いたいって言ったからか…。 「いいと思う、渉くん。渉くんなら新奈のこと幸せにしてくれそう」 渉と向き合うって決めたのは私で。 伊吹くんはそれを受け入れてくれただけなのに。 なのに。 伊吹くんからそう言われると、すごく複雑な気持ちになった。 本当に自分勝手な自分がイヤになる。 「なんで…伊吹くんがそんなこと言うの?」 「だって、新奈には幸せになってほしいから」 私は、伊吹くんと一緒にいる時も幸せだったよ。 伊吹くんは私の知らない感情をいっぱいくれた。 そんな人、伊吹くんが初めてだったよ。 私は口に出しそうになった言葉をグッと止めた。 言ってしまったら、次から次へと自分の感情を喋ってしまいそうだったから。 そうしたら、もう本当に後に引けなくなるから。 「新奈と一緒にいれて、すごく楽しかった」 「うん…」 「こんな意味不明なごっこ遊びに付き合ってくれてありがとう」 伊吹くんは別れの挨拶みたいな言葉を並べる。 さっきから、それがすごく悲しい。 「意味不明だって自覚はあったんだ…」 「それはあるよね。何言っちゃてるんだろー俺、って。でも引くに引けなくなってさ」 そっか。 そうなんだ。 あの時の伊吹くんは、それが普通ですけど何か?ぐらいのノリで喋ってきたから、私が圧倒されてたけど、伊吹くんもそんなこと思ってたんだ。 「今日もムリ言ってごめんね」 「いつもムリ言ってる」 「確かに」 伊吹くんは静かに笑う。 その表情が寂しさを加速させる。 「でもちゃんと自分に踏ん切りつけたかったんだ」 「踏ん切りって…」 「夢見るのは今日でおしまいって」 「夢…?」 夢って大袈裟だな。 私は伊吹くんに何もしてあげれてないのに。 「ちゃんと現実見なきゃって。いつも無理やり付き合わせちゃってごめんね」 「無理やりじゃないよ」 「え?」 「私も楽しかった」 「うん…」 伊吹くんは照れるかのように俯いた。 もうやだ。 これじゃ、本当に最後みたいじゃん。 最初から分かってるんだ。 また伊吹くんと一緒にいると、別れが名残惜しくなるって。 だからも離れるって決めてたのに。 なのにズルズルきちゃって。 悪いのは全部私。 あーあ。 こんなに辛くなるのなら、デートなんてしなきゃよかった。 なんて、思ってもないことを考えてみる。 そうしている間に、夕陽が海の向こう側に沈んでいった。
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