葛藤。-伊吹side-

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「あ、これ伊吹くん休んでた間のノート。 余計なお世話かと思ったんだけどさ、よかったらーと思って」 新奈はカバンからファイルを取り出しながら、そう言った。 「ノートは蓮が写真送ってくれるから」 「そっか、だよねー。じゃ、これはいらないか」 カバンから出したファイルを、そのままカバンに戻そうとする新奈。 そんな新奈の腕を掴む。 「ごめん、やっぱ受け取っとく」 「うん…」 新奈から受け取ったノートのコピーに目を落とす。 細かいところまでまめに書いてある。 新奈の字は女の子が書く字にしては、やけに整っていて達筆だった。 俺の殺風景なノートとは大違いだ。 「あのね、国語の先生って、いつもめちゃくちゃ厳しいじゃん? この間の小テストの時、まさかの先生が寝てて。 うちらには寝てたらめちゃくちゃ叱るじゃん? だから水島くんが大きい声で「コラ!」って先生の真似して言ったんだよ。 そしたら先生、めちゃくちゃびっくりして椅子から転げおちてて。 あんな驚いてる先生初めて見たよー。 その顔、伊吹くんにも見せたかったなー」 「…そうなんだ」 「それでね…」 新奈は学校であった出来事を俺に話してくれた。 俺が入院していることには何も触れずに、ただあった出来事をずっと俺に話している。 こんなに喋る新奈は初めて見た気がする。 「…って言ってて。ありえなくない?伊吹くんだったらどうする?」 「もう、用がないなら帰って」 「え…」 「ブレスレットとノートありがとう。でももう大丈夫だから。だから…」 「何が大丈夫なの?」 「何がって…」 「全然大丈夫じゃないじゃん!何が大丈夫なのか教えてよ!」 今まで普通に喋っていた新奈が、突然糸が切れたように声を荒げた。 「ごめん、こんなつもりじゃ…。ごめんね」 目には涙を浮かべてて。 「あれー、おかしいな」って言いながら、顔は笑っている。 俺はぎゅっと口を結んだ。 「本当に大したことないから…」 「…大したことあるじゃん…。だから今まで言ってくれなかったんでしょ…?」 新奈はいつだって、俺の痛いところをついてくる。 「だって伊吹くん、大事なことはいつも言わない」 「…そうだっけ?」 俺のこと興味なんてなかったくせに。 なんでそんなとこばっか見てんだろう。 「別に言いたくないなら言わなくていい」 「だったら…」 「だから私も私の好きなようにする。伊吹くんの指図は受けない」 指図は受けないって。 「ははっ。新奈らしい」 俺は呆れるように笑って。 新奈もそんな俺を見て、安堵したように笑う。 「また来てもいい?じゃなかった。また来るから」 なんで新奈はいつもこうなんだろう。 いつもいつも。 思い通りになってくれない。 そんな新奈に、俺はずっと期待してしまう。 「っ……」 ”来なくていい”って言わなきゃいけないのに…。 俺は、それが言えなかった。
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