葛藤。-伊吹side-

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そのあと、腎臓を移植する話が出たけど断った。 家族の腎臓をもらうとか、どう考えても無理だった。 ただでさえこんなに迷惑かけてんのに、これ以上の迷惑はかけたくなかった。 俺が断ると母親は泣いていた。 どうするのが正解なのか分からなくなった。 透析とちゃんとした食生活さえしていれば、すぐに死ぬような病気ではない。 ただ移植をしないと、生きている限り透析は続く。 普通の人よりも気をつけなければいけないことはたくさんあるし、普通の人より長く生きられないかもしれない。 移植を受けないからこそ、家族に迷惑をかけることもあるだろう。 それでもやっぱり、移植は嫌だと思ってしまった。 もう母親に泣いてほしくなかった俺は、できるだけ明るく振る舞った。 家族の前でも友達の前でも。 俺は全然平気だよって伝えたかった。 だけど、それもだんだんしんどくなってきて。 高校に進学する時、俺はできるだけ遠くの高校を選んだ。 親には反対されたけど、押し切った。 俺を病気だと知らない人と一緒にいたかった。 知ってる人は俺に気を使う。 それが、すごく居心地悪かった。 無理して平気なふりするのも疲れていたから。 家族と過ごす時間も少しずつ減っていった。 病院も1人で行けるようになったし。 高校では俺の病気のことを知っている奴もいない。 病気とは関係なく、ただ普通に学生生活を送りたかった。 高校生活も慣れてきた頃。 いつものように、仲良くなったクラスメイトと学食へ行った時だった。 「伊吹の弁当っていつもうまそうだよな」 みんな学食だけど、俺は毎日弁当を欠かさなかった。 母親は俺の食事を気にかけて、朝昼晩、手間をかけて作ってくれている。 そのおかげもあって、今まで症状が悪化することはほとんどなかった。 「もらいっ」 そう言って卵焼きを持っていくのは、一番最初に仲良くなった蓮だった。 「うまっ!」 うまそうに食う奴。 でもその後ろで、学食をもっとうまそうに食べていた女子がいた。 「美味しい!学食ってこんなに美味しかったの!?」 その声は俺の席まで聞こえてきて、思わず笑ってしまった。 「今、笑うとこあった?」 「いや、あまりにもうまそうに食うからさ」 「いや、お前のかーちゃんが天才すぎ」 「蓮に言ってない」 「あん?じゃあ誰に言ったんだよ」 それからは、よくその女子を学食で見かけるようになった。 ネクタイの色が同じだから、同じ学年っぽい。 毎食、初めて食べるかのように美味しそうに食べている彼女は、友達に”にいな”と呼ばれていた。
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