葛藤。-伊吹side-

6/8

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
井上新奈。 1年1組。 食べることが好き。 そんな彼女の後ろの席に、たまたま座った時。 彼女の友達が落ち込んでいるみたいで、彼女はそれをなぐさめていた。 いつも遠くで眺めることしかしていなかったから、近くにいる彼女にちょっとレア感。 「急にだよ?なんでって感じじゃん」 「ちゃんと理由言ってほしいよね」 「本当だよー。そのままぱったり音沙汰なし。まじでどん底。お先真っ暗」 どうやら友達の方は彼氏にフラれたばかりのようだった。 「桃々、暗闇の中でこそ星が輝いて見えるんだよ?」 「なに急に」 「ほら、田舎だと周りが暗いから星がよく見えるって聞くじゃん」 「あー確かに。で?」 「本当に大切なものは辛い時こそよく見えるもんなんだよ。ほら今私、輝いてない?」 「うわ、自分で言う人いる?」 「ここにいまーす」 「あのね、それ、慰めでも何でもないからね?」 彼女たちの会話が耳に入ってきて、思わず笑ってしまう。 「…ははっ」 「伊吹、何笑ってんの?」 「いや、なんでもない」 確かに桃々って子の慰めにはなっていなかったけど、彼女の言葉は俺にとって気づきになった。 俺は自分が病気だと分かって、何もかもどうでもよくなった時。 自分の親がどれだけ心配してくれたとか。 サッカー部のみんなもクラスメイトも先生も、どれだけサポートしてくれたとか。 自分のことでいっぱいいっぱいで、周りの優しさに気がついていなかった。 俺は病気になったからこそ、周りの温かさに気がついていたはずなのに。 十分恵まれた環境にいたのに。 自分は不幸のどん底にいるみたいな顔して、みんなの優しさに甘えて。 何も気づけていなかった。 「今は辛いかもしれない。でも、桃々はめちゃくちゃいい子だもん。 絶対もっといい彼氏ができるって!私が保証する!」 「新奈ってたまに男前よね。私の彼氏になる?」 「え…それはちょっと…」 「ねー、急に気まずくするのやめてくれる?」 新奈って子は、いいことを言っている気がするのに、ちょっとずれていて、それがツボだった。 「ちょっともう限界…」 「伊吹、さっきらかどうしたんだよ」 今思うと、それは新奈なりの優しさだったのかもしれない。 落ち込んでいる友達を少しでも笑顔にさせたいっていう、優しさの表現だったのかもしれない。 この時から俺は、その新奈って子にもっと興味が湧いた。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加