1.菊塚の黄色い鬼

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1.菊塚の黄色い鬼

「お前さ、立場わかってんの?」  そう裕樹(ゆうき)に言うのは三年の坂上だ。裕樹は高校二年、坂上は三年。その差は一年だが、高校生の一年間は肉体的に大きな差を生むこともある。事実、小柄な裕樹と比べ、坂上は体格が良く、迫って来られるとトラックに幅寄せされた原チャリみたいになる。 「お前、二年なんだよ。二年。その二年のお前がレギュラーっておかしくないか? おかしいよな?」  裕樹はバスケ部だ。裕樹の高校は強豪校というほどではないがそれでも毎年地区予選ではベスト16一歩手前くらいまではいく。とはいえバスケは少人数スポーツ。全員が必ず試合に出られるわけではない。しかもバスケ部の監督である島尾は厳格で、完全なる実力主義を掲げている。つまり、三年だからといって試合に出られるわけではない。  裕樹はその島尾から次の試合にスタメンとして出場するように命じられた。三年を飛び越えて二年の裕樹が、だ。  監督の言葉は絶対。古臭いと思うが、高校における体育会系部活にはまだその空気は色濃い。当然監督へ異を唱えることなど許されるはずがない。  その結果、うっぷんはすべてこちらへ回ってくる。 「大体、お前みたいなちびじゃ、すぐ叩き潰されて終わりだろ。ちょっとスリーがうまいってだけだろうが」  確かに裕樹は背が低い。165cmそこそこしかない。だがだからこそ背が低くても起用率が高いシューティングガードになれるようスリーポイントシュートを徹底的に練習したのだ。先輩たちが帰った後も自主練をして。だから島尾の采配は決しておかしなものではない、と裕樹は思っている。頑張りは報われなければならない、と信じている。  だが裕樹が選ばれたことによって外された坂上には納得がいかないのだ。断じて許すことができないのだ。  わからなくはない。坂上にとっても最後の年だ。それを後輩に出場権を奪われ試合に出られないなんて我慢ならないのだろう。わかるのだ。でもだからといってはいそうですか、と替わってやることはできない。 「レギュラー、辞退し」 「嫌です」  しろよ、のろの字にかぶさるように拒絶の言葉を口にすると、坂上のごつごつした顔にかあっと血が上った。赤い顔のまま、この野郎、と坂上が一歩、裕樹に詰め寄る。裕樹より断然大きな手が拳を握る。  あの拳がこちらへ落ちて来るのか、と覚悟を決めつつも、下手な怪我をしたら試合に出られなくなる、なんとかうまくかわせないものかと思っていると、坂上はその考えを読んだようににやりとした。 「殴るわけないだろ? でもなあ、俺はいいけどお前が辞退してくれないと俺のトモダチがいろいろとやっちゃうかもしれないなあ」  その言葉で裕樹は思い出した。坂上が他校のあまりがらの良くない生徒と懇意にしていることを。 「わかるだろ、安城。だからさ」  これは本当に辞退しなければならないのか、そう思ったときだった。  ふうっと何かの影が頭上を横切った。がそれは刹那で、次の瞬間。 「いって!」  ぱこん、といい音を立てて何かが坂上の頭を直撃した。頭を押さえた坂上が血走った目で周囲を見回す。ほどなくして自分の頭にぶち当たったものが何か見極めた坂上は赤黒く顔を染めて叫んだ。 「誰だ! 靴投げたの!」  それは上靴だった。くたびれてかかとが踏まれたそれを坂上が忌々し気に踏みつける。と。 「表だった?」  のんびりとした声が裕樹の背中側の建物の上から聞こえてきた。見上げると二階の教室の窓が開いている。あそこは確か生物室だ。  そこから顔を出した人のことを裕樹は知っていた。いや、おそらく坂上も知っていたのではないだろうか。なぜなら彼は学校内でも有名人だったからだ。悪い方の意味で。  時任勇気(ときとうゆうき)。裕樹と読み方は同じだったが、彼の方はcourageの方の勇気だ。しかし、彼は勇気とか正義とか、そういうものとは縁遠いところにいた。  彼には数々の武勇伝があったのだ。一人で百人を相手に組み手をして全員のした、とか、彼を倒すために本物の殺し屋が差し向けられたがそれも半殺しにした、とかそういった伝説が彼には常につきまとっていた。  一言で言うならヤンキーと呼ばれる人である。が、ただのヤンキーではない。本当か嘘か真相は定かではないが、いわゆるその筋の家の組長の息子であり、彼自身、ここいら一帯の高校の不良を束ねる総長だというのだ。  まるっきり漫画の世界みたいな肩書である。だが、それが真実かもしれないと思わせる外見を勇気はしていた。  まず目を引くのはたんぽぽみたいなまっ黄色の頭髪だ。それを潔いくらいのオールバックにしている。顔立ちは整っていると思う。が、目つきが半端なく鋭いので、美形というよりもアサシンヒューマノイドのように見えてしまう。  また外見もそうだが、そもそも身にまとう空気が常人とまったく異なっていた。彼の周りには摂氏マイナス100度の空気が常に満たされていた。リアルにでは当然ないが、彼の近くに寄るとうっすら寒気を感じる気がした。  以上の外見的特徴から、彼は「菊塚の黄色い鬼」と呼びならわされていた。ちなみに菊塚というのは裕樹たちの通う菊塚高校から取られたものである。  その時任勇気が生物室の窓から身を乗り出してこちらを見ている。冷徹そのものの目で。
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