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「グルテはいつもガム食べてるよね」
陽が傾き始めた初秋のある日、常連の少年が商品を眺めながら言った。ガムを噛んで考え事をしていたグルテは、ふっと現実に返った。
店開きは不定期だ。雨のない日の昼間、枯井戸の横に座り、アオイチゴで染めた真っ青な板の上に、瓶いっぱいに詰めた菓子を並べる。今日並んでいるのは炒り麦の蜜がため、野苺アメ、そして看板商品である色とりどりのガム。
「あれば風船ガムがいいんだけど。ないから」
「風船ガム?」
「知らない?」
「知らなーい」
当たり前か、とグルテは自嘲する。十五年前に隣国との戦争が始まってから、嗜好品の流通は年々減っている。貴重な樹脂が材料の風船ガムは、もう随分と前に見なくなってしまった。グルテの作るガムも、コムギ粉と水と樹液に、着色用の木の実を加えて練るだけのものだ。
「いいの。ガム、好きだし」
今は、膨らませるガムじゃなくて膨らめるガムにしか興味ないし――という言葉は、心の中だけで言った。
「へー。麦の二つと、ガム四つちょうだい!」
「毎度あり」
銅貨を受け取り、菓子を渡す。少年が去ったあと、グルテは菓子瓶をひょいひょいと白衣のポケットにしまうと、真っ青な板を小脇に抱えた。ガムを噛みながら思考はまとめた。あとは今日も、実験あるのみだ。
「……うん。作ろ」
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