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「あれはまだ光朗様が幼稚園に通われている頃でした。当時から両親は仕事が忙しく、家に帰っても誰もいない家庭だった為に、暗くなるまでを近所にあった児童館で過ごされたのです。その当時、坂見様はいつも図書コーナーの小さな椅子に座り、絵本を読まれていましたね」
「……ええ」
うちも両親が共働きで、外が暗くなるまで児童館で時間を潰していたことを思い出す。
そうだ。確かに“彼”はわたしの隣にいた。
いつも彼のことは“ミッツ”と呼んでいたはずだ。
色素の薄い少年で、髪も細くまるで濃いブロンドのようにも見えた。彼はいつもわたしの右隣の椅子に座り、同じように本を読んでいた。ただ日本語があまり得意でないらしくいつも低年齢向けの絵ばかりの本を開いていたから、よく他の子たちに笑われていた。けれどわたしはそんな彼が知らない言葉の本ならすらすらと読めることを知っていて、内心でちょっとだけ周囲の子たちに対しての優越感があった。
そう。あの頃はまだわたしの隣には普通に誰かが座っていたのだ。
その彼とある日、わたしは一つの約束をした。
彼が帰り際にどうしても話したいことがあるから、と言うものだからわたしは早く帰りたいのを我慢して、すっかり暗くなった児童館の外に出て、少しだけ二人きりで歩道を歩いた。
最初は早く話が終われば良いのにと思っていたけれど、彼がなかなか話し出さないものだから思い切って尋ねたら、彼は泣きそうな顔になって確かこんなことを言ったのだ。
「ゆのちゃん。ぼくがずっと隣にいても良い?」
その問いかけに、わたしは何て答えただろう。
必死に彼の言葉を思い出そうとしたが、記憶はうまく形を成してくれない。
「思い出されましたかな?」
「それが……肝心の約束の内容を忘れてしまいました」
「ずっと隣で君を守ってあげるね」
一瞬彼の声が聴こえたのかと思ったが、隣を見ると剣城がひらがなだけの手紙を広げ、それを音読したのだと分かった。
「それが……遺言状ですか」
「はい。これがずっとあなた様の隣の席を我々に守らせた、そのお言葉でございます」
何故だろう。その剣城の言葉に、わたしの目からは留まることのない涙が落ちていった。
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