ひつじが二匹

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「飲み会のノリとかついていけないですよ」 「そんなオマエが来たら俺が喜ぶ」 「私が注文しただし巻き玉子だけ最後までお皿に残っていたら、帰宅の電車で泣きますよ」 「俺が最初にひとくち食べて『このだし巻きやべー! うめー! 黒毛和牛の卵で作ったんじゃねー?』って皆に宣伝してあげる」  黒毛和牛は卵産まないでしょと突っ込む私がそのまま会話に入れるようにというところまで道を整備してくれる。常に百点満点を叩きだすコミュニケーションはもはや不気味だ。  同時に新卒で入社してだいぶ月日が経つけれど、いまだに私は松葉さんの心の内側を知らない気がする。どの扉を開いても快く応接間に通される感覚なのだ。そのくせこちらのオートロックで施錠された玄関は躊躇なくノックしてきたりする。器用な図々しさが嫌いだ。松葉さんが女性だったとしても好きになれない。 「まあ、行きませんけどね」  時間をおいて飲み会を断ると、松葉さんは「残念」と天を仰いで見せた。ちっとも残念そうに見えないのだが、彼は感情全般が薄いのでこれが通常運転である。  しかしあまりにも引き際が見事なので、もともと本気で私を誘っていたわけではなかったのかなと勘繰ってしまった。社交辞令だったのかしら。もしも私が行きますって回答したら、空気が読めずに困らせてしまったのだろうか。ああ、これだから難しい。  私は迷いたくないし迷っている姿を見せたくないので、もう二度と誘わないでいただきたい。 「羊、松葉、おはよう」  社内を歩いていると、松葉さんは顔が広いので多くの人に声をかけられる。その挨拶には毎回と言っていいほど称賛または感謝あるいはその両方が添えられていて、人望があるのだなあと再確認させられた。
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