ひつじが一匹

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 他人に、ましてや職場の人間に気を許すことを良しとしていない私だけど、道枝くんの可愛さに免じて敬語は解除してあげることにした。道枝くんはただ美少年というだけでなく、男性特有の粗雑さや乱暴さが無い。言葉の端々に繊細さを残している。あと、かわいい。  気付けば私の屈折した心もだいぶ懐柔させられていたらしい。ちまちまと食事をつまみながら、緩やかな会話と共に時間が流れていった。  道枝くんの肌があまりにも綺麗なのでスキンケアについて訊ねてしまったけど、「ええ? とくに何もしてないですよ」と女優みたいな回答しかもらえなかった。とくに何もしないでその透明感と美肌なら、人生は勝利の連続だろうな。まあ、私もスタイル維持について聞かれたとして「特別なことは何もしてないですね」とか答えちゃうけど。年中無休でダイエットの日々であるが、大人には自分に酔いたいときがあるものだ。  アルコールに弱い道枝くんがふわふわしてきて「そろそろ烏龍茶にします、迷惑かけたくないし」のターンに入り、アルコールに強い私も「いったん烏龍茶しとこ、浮腫みたくないし」のターンを迎えた頃。ふたり、湯気の立つ烏龍茶が注がれた湯呑み茶碗をちびちびと舐めながら会話を続けていた。 「小林さんって、男の人が苦手なんでしたっけ」 「うん、苦手」  久しぶりの議題だ。もう、なんていうか、この歳になるとそこにあえて触れてくる人は激減した。むしろ気の強いアラサー独身OLには、恋愛話はタブーみたいな空気感すら伝わってくる。まったくもって余計なお世話だが。エゴが潜んだ親切心ほど、薄っぺらくて寒いものは無い。
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