ひつじが一匹

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 とはいえ私は無神経にずけずけと質問されることも非常に嫌うので、生きにくいにも程がある。男性が苦手なんですトークは、正直とっくに私の中で飽きがきていた。そこから繋がる恋愛論なんて最も擦られまくったネタのひとつだし、私の場合は大抵お説教に収束されていくから。  気配り上手の道枝くんがこんな最大公約数みたいな話題を振ってくるなど期待外れだったので、思わず顔を顰めてしまう。上司の不愉快な溜息を見つけた彼は楽しげに笑った。 「この話題、そんなに嫌ですか」 「まだセーフかな、語尾に『はやく克服したほうがいいよ』って付いたら即退場」  道枝くんは甘く染まった頬の高い位置をふにゃりと溶かして、緩やかに目尻を下げた。微笑と呼ぶにはあまりにも幼くて、笑顔と呼ぶより自然な表情。喜ばせることを言ったつもりはないけれど、彼はどこか嬉しそうに「言うわけないでしょう、そんなこと」と言葉を返した。 「克服なんてしなくていいですよ、大人になっても苦手なものはきっと一生苦手なものです」  それはまるで、私の社会にうまく馴染めない部分を肯定して、そっと毛布を掛けるような言葉だった。親切でもなんでもなく、ただ触り心地の良い暖かな毛布を冷えた素肌に掛けてくれるような言葉選び。道枝くんの真骨頂はこれだと思う。 「だからね、僕以外の男なんてみ〜んな苦手でいいんですよ」  魔力を含んだその言葉は、私の呼吸を楽にさせる。新種のセラピーだろうか。美少年セラピー。 「好き嫌いは我儘の始まりだって、よく言うよね」 「言う人もいます」 「だけどさ、嫌いなものがないひとってなんか気持ち悪くない?」 「感覚のバグが起きてるか善人気取り、あるいはシンプルなバカですね」
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