ひつじが二匹

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 松葉さんと私はどうやら同じ電車を使っているらしく、こうしてたまに通勤途中に出会すことがある。彼は営業部のエースなので、道枝くんの直属の先輩だ。いかにも広告会社の営業マンをしていそうだし、実際その通りなので彼は第一印象に擦り寄ってるに違いない。  かく言う私も同じだ。クールビューティー、気の強い美人、性格がきつそうなべっぴんさんと思われがちなのでそこに自ら寄せにいく。  容姿や話し方からクールな印象を与えるらしいとは学生の頃すでに自覚していた。実際の中身はそれが全てではないけれど、できる限りそうあろうとしてしまうのだ。    ビューティーに関しては何も言うまい。この部分が削除されてしまったら私は引退する覚悟でいる。ただのクールは冷蔵庫だ。美人でなければ許されがたい。  だからといって印象づけるときに大事なのは容姿ってだけでもない気がする。容姿が整っているっていうのはわりと主観的というか、まあ好みは人それぞれだし。容姿こそ全てというルッキズムなら私はもっと偉そうになってもいいはずだ。 「そいえばコヒツジ、今日の飲み会くる?」  社員証を翳して出勤しながら、さらりととんでもないことを言い出す松葉さん。いや彼にとっては挨拶みたいなものだろうが、私にとっては背面飛びでも越えられないハードルだ。  そもそも、その手のイベントに誘われることが少ないので正しい断り方もよく分からない。しかし断らなければならないということはよく分かる。 「行きません、明日も仕事ですし」 「それはみんなそうだろ、顔だけ出せば?」 「私がお邪魔したらみなさん困ると思いますが」 「喜ぶ奴もいるよ」  ああ、こういうところが松葉さんだ。行きたくないって鉄の気持ちで言っている私を高温で熱してぐにゃんと曲げようとしてくる。営業マン、天職だろうな。個人主義の私も経理はなかなか向いていると思うのだがこの人ほどじゃない。
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