ひつじが一匹

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 ぜんふ、聞こえてるっつーの。パソコンのキーボードを打ち込む音に紛れて、密やかに私の品定めをしている私語が耳に流れ込んでくる。たまに現れる他部署の連中はどうにもこうにも品がない。結婚しなくたって幸せになれるこの時代、偏見に塗れたお堅い脳細胞はそちらではないか。未婚であるという肩書きだけで美人である長所が「なのに」呼ばわりされるなんて腑に落ちない。  彼らのそういうところが苦手だし、男性脳の都合の良さには辟易させられる。単純明快が純粋な良心だなんて思えない。大人の純真はむしろ害悪である。そういった、男性特有のガサツさが苦手なのだ。無神経で粗雑な言動、及び思考回路に至るまで。男性を一括りにしてみんながみんなソレだとは断言できないけれど、男性のみんながみんなソレの欠片を保有しているように感じてしまう。  まあ、ごく稀に現れる天使のようなレアケースを除いては。  定時の間際、十六時五十二分。あとは今週分の片付けをして早めに帰らせて頂こうかしら、とご機嫌なフライデーナイトだ。他人に興味関心の薄い数字人間が集まっているので、基本的に我が経理部ではきっかり定時にあがったところで無言の非難を浴びせられることもない。あったとして、そんなのは無視して帰りますけど。  残るは確認作業をこなして終わり、という今週のお仕事もファイナルステージに突入したところであった。清潔な甘い香りがすっかり退勤気分の夕暮れに花を咲かせる。 「小林さん、遅くなってしまって本当にすみません! 領収書、お願いしてもよろしいでしょうか!」  必死な声色に名前を呼ばれて、椅子ごとくるり振り返る。そこには予想通りの必死に頭を下げている柔らかそうな髪の毛があった。この時間に駆け込んでくるのはお決まりの営業部だ。部署全体に華があるけれど、この美青年は毛色が違う。
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