ひつじが一匹

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「というのを見越して、今回は両方注文しておきました。飲み比べしましょう」  ちゅるんと潤ったくちびるを持ち上げてにっこり微笑む道枝くん。見計らったかのような絶好のタイミングで見慣れた大きなジョッキに注がれた黄金の液体と、もうひとつ、小ぶりなグラスに注がれた液体の計二杯が運ばれてきた。  店員さんから二杯とも受け取った道枝くんが私に小ぶりな方を渡してくれたので、それを遠慮なく手に取る。そして、乾杯。ふたり同時に冷たいガラスに口付けた。 「道枝くん、有能って言われるでしょ」 「ええどうも、居酒屋での注文は思いやり、返信の長文は重い愛、でお馴染みの道枝です」  華金の知多ハイボールは、なんだか大人の味がした。私も大人になったから分かる。これ、美少年にはまだ早い。ああ、大人になったらもっと大人になっているような気がしていたな。子供の頃に想像した二十八歳のわたしは、もっと二十八歳らしい振る舞いをしているはずだったのだ。  恋愛や結婚というワードがもっと近い場所にあって、なんなら脳内のすぐに取り出せる場所に出産や育児まで置いてあると思っていた。 「知多ハイボール、おいしいですか?」 「美味しい、と、思います」 「おもいます?」  まあね、これも現実。おいしいお酒が飲める金曜日を知ったので、もういい大人認定。誰かスタンプを押してくれ。こんな他人頼みをしている時点で大人になったとは言えないのでは? 「同じハイボールなのにこっちのほうが高級だということは、この味が『美味しい』なのだと思います。という意味です」  むしろ私のハートには、二人の十四歳が住んでいる感覚だ。それって、いけないことだろうか。永遠の中二というか、だけど。 「なるほど、では質問を変えますね。どっちのハイボールのほうが、小林さんの舌の好みに合いますか?」
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