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「多分、お前は俺の知らないところでたくさん傷ついてきたと思う。ごめんな」
「…な、によ。別に傷ついてないわよ」
「そうやって強がってきたんだろ。俺はそんな千佳に甘えっぱなしだった。きっとこれからもそうだと思う。自分なりに譲歩しているつもりだけど、こうやって40年以上生きてきたから直ぐにそれに応えられなかった。悪いな」
槇は涙を流しながら首を横に振る千佳子を抱き寄せた。
思えば千佳子は自分の前でよく泣く。普通40も過ぎればというか大人になればなかなか泣かないものだが、彼女の涙はよく見た。
そしてその原因は全部自分だった。自分が千佳子を泣かせているのだ。昔の自分なら「ピーピー泣くなら寄ってくるな」と思っただろう。「泣くのがうざい」と思っていた時もある。
だけど、千佳子の涙は苦手だった。
自分までとても苦しくなるからだ。こっちまで泣きそうになるぐらい、千佳子の涙は槇にとって悲しかった。そして、その涙を作る原因である自分にも腹がたつこともある。
どうして俺は彼女を泣かせてばかりなんだろう、と。自分の不甲斐なさに打ちひしがれて、その度にどうしたら千佳子が笑ってくれるか、喜んでくれるのかを考えた。
千佳子が付き合ってきた歴代の男たちはきっと槇よりスマートにもっとちゃんと付き合ってこれたはずだ。もっとうまくやりたいのに、できなくて、この半年は本当に落ち込むことばかりだ。今だってもっと良い言葉がきっとあるだろうに。
「……きっと千佳が思っている以上に俺は千佳が大事だ。こんなこと言ったことがねぇからわからねえけど、千佳がいるから毎日が楽しい。……多分これが好きだってことなんだと思う」
千佳子の耳元に静かな声が落ちてきた。それは本当に本当に小さな声だった。言葉を選びながら辿々しく話す槇の真剣な表情に見惚れた。
どこか調子良くて適当で自分勝手な槇が、千佳子の気持ちに寄り添おうとしてくれる。まだまだ不器用で、全然格好良くない。これまで付き合ってきた彼氏と比べてもスマートどころか、ボコボコだ。
でもそれで良かった。その表情も、何か言いかけては閉じる口元も全部千佳子を真剣に思った結果。だから千佳子は静かに待った。槇が一生懸命伝えようとしてくれる言葉を一言一句逃さないように、決して聞き漏らさないように、と待ち続けた。
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