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比べるわけではないが、佐野の家はもっとシンプルだった。
彼の寝室に入ったことはないが、性格的にもきちっとしているのだろう。
槇の寝室は基本暗い。ダークな色合いで揃っているせいでもあるが、全体的に冬っぽいのだ。濃灰色というのは寂しさを感じてしまう。
「……なんか余計なこと考えてるだろ」
「なにも?」
「ふーん?」
何かを咎めるような視線に千佳子が苦笑する。きっと何を考えていたのか、何と比べたのか槇はなんとなく理解しているのだろう。そういうところは鼻がきく。かといって掘り起こしてくるわけではないが。
「……佐野さんにちゃんと連絡しなきゃね」
だけど、こうしてふたりがきちんと向き合えたのは、佐野のおかげだ。
大将だけではきっと埒があかなかった。あのままでは千佳子が泣きながら自宅に戻り、槇と接触を絶ってしまう未来しか見えない。
「不本意だけどそれは」
「だったらとっとと認めればよかったのよ」
「誰だって思わねーだろ。告ってきた女が他の男に抱かれてるって」
「わかったわよ、もう」
相当嫌だったらしい。槇がこの話題を出すのはもう何度目かわからない。
セックス中、何度も「あいつに抱かれてどうだった?」と訊ねてきた。その度に「どうもない」と言ったけど槇は信じていない。事実佐野と身体は重ねたし、それなりに楽しい時間は過ごした。でもここまで感情が揺さぶられるほど、心が乱されるようなことはなかった。それを正直に打ち明けて『槇に逢えない夜を紛らわした』と伝えれば槇は渋々許してくれた。
「…私の中ではずっとあなたに抱かれてるつもりだったんだけど」
「……あいつはそれほど上手いのか」
「違うわよ、そうじゃなくて」
ずっと佐野を通して槇を見ていたのだ。今思っても相当ひどいことをしていたと思う。誘ってきたのはあちらでも利用したのは千佳子だ。やり場のない感情を消化させたかった。あとはまあ、槇への当てつけだ。ちょっとぐらいヤキモキすればいい、と思った。それは千佳子の予想以上に効果抜群で内心ほくそ笑んでいる。
「どちらにせよ、ちゃんと会って謝ってくる」
「…うん」
槇は行くな、と言いたげに千佳子の背中を抱く腕に力を込めた。
でも「自分もいく」と言わなかった。そんなところが槇らしい。
でもそれでよかった。ついてきたらきたらで余計ややこしくなるのは簡単に想像がつく。
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