エピローグ

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「ただいま」 「おう、遅かったな」 「本国とミーティングあったからね」 槇の自宅に住みはじめて約1ヶ月。千佳子は週の半分、主に週末を槇の自宅で過ごし、残りの半分は自宅に戻っていた。何度か槇は千佳子の自宅にも泊まりにきた。「俺の家の方が綺麗だな」と失礼な言葉を残して帰っていったが。 「それ、なに食べてるの?」 「ん?これはせせりだな。盛り合わせ買ってきた」 「私の分ある?」 「好きなのつまめよ」 千佳子は「着替えてくる」とリビングを出ていくと思い出したように戻ってきた。  「ビール、よろしくね!浩平♡」  「……わーったよ」  「ふふふふ」  千佳子はるんるん気分で寝室に向かう。槇を「浩平」と呼ぶと非常に照れることがつい最近判明した。  槇はまだ付き合っていない段階で千佳子のことを「千佳」と呼んでいた。今思えばその名前呼びも彼なりの愛情だったのかもしれないが、千佳子は基本遊び相手の名前は呼ばない主義だった。  どこでポロッとこぼすかわからない。間違えると面倒臭いのだ。槇と付き合い始めた当初もその癖がなかなか抜けておらず「ねえ」とか「あなた」呼びだった。感情が昂ると「あんた」と言ってしまう。おまけに槇もそれを気にしていたらしい。  だからか、初めて「浩平」と呼んだ時は驚きすぎて固まってしまっていた。その時の槇の様子が本当に面白くて。「え?今俺のこと呼んだ?」と大の大人がキョロキョロしていたのだ。本人の自宅で。  思わず「あなた”浩平”じゃないの?」と笑ってしまったほどだ。  いきなり名前を呼んだことで気を悪くさせてしまったかと思ったけど、ただ照れてるだけだった。この年になれば下の名前でなかなか呼ばれることがないらしい。だからか余計に恥ずかしかったようだ。  そんな槇の反応が可愛くて、千佳子は最近無駄に槇の名前を呼んでいる。何度呼んでもちょっと恥ずかしそうなのが面白い。本人に言うと怒りそうなので言わないがずっとこのまま恥ずかしそうにしていてほしいぐらいだ。  「ビール、焼き鳥、塩キャベツ♪」  寝室のクローゼットに千佳子のスペースを作ってもらった。そこに部屋着やら普段着を置いている。その扉を開けて手早く着替えると再びリビングに舞い戻った。槇は千佳子に言われた通り、ちゃんとビールをだしてくれていた。残念ながらグラスに入れることはしないが(洗い物が面倒なので)千佳子の居場所を作ってくれることが嬉しい。      
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